明主様 一つの波紋3

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明主様

一つの波紋3

明主様信仰者の投稿から始まった『一つの波紋掲示板』の3代目。
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「奉仕者を囲んで」 - 一番 URL

2026/08/20 (Thu) 01:20:26

地34号8(昭和27年3月26日) 瓢箪(ひょうたん)
四、松の心

「S君は 明主様の御事に関して種々語ってくれたが、彼の相当 飛躍した話でもう私は疑念を抱かなかった。
そして 明主様に喜んで帰依し奉る決心をしてから、暗い信仰生活に光明が点ぜられた心地がした。
その御徳を慕い大森へ集る信徒は、「岡田先生」と申し上げていた。
大森(大本分院)では、月に2回の祭典 3回の講演があり、祭典の後では必ず御話や冠句の発表、時には謎々で引く福引などがあり、信徒は熱狂的歓喜に浸った。(中略)
また宗教の教主(王仁三郎)は霊界物語をお筆先の解説書とし 、これが 専読を奨励されたため、経(たて)の支柱たる お筆先は 軽視され、 無必要化した形となってからは、信徒の多くは奔放(ほんぽう)な教主の言動に習い、好んで 常軌を逸し、善悪の判別の力を失って 恬然(てんぜん)として 虚言を吐き、宗門のためなら 家庭や社会制度に悪影響することも反って善行とされ、借金を踏み倒しては貸主の罪穢を除ってやったなどと平然と公言する信者もあるごとき 弊害も生じたのである。

(中略)
まだ離脱を警戒するのが迷信の実態である。(中略)

昭和三年 出口先生は東北巡遊の帰途、明主様の御邸宅なる 大森分院へ立ち寄られ、この時私は初めて 御住居へお伺いしたように思う。
私の目には とても清潔で、豪華な趣の御邸だったが、初めて行ってもうすぐに家族の一員になれるような気兼ねのない、和やかな快さは、どこの分院にも見られない雰囲気だった。その日私のような青二才にまで見たこともないような、贅沢な 弁当が接待され、小乘信仰の神経をビクっかせながらも、大らかな 暖かい御家風が知られて心を洗われたような快感に浸ったものも、忘れ得ぬ思い出である。

私たちが女中部屋に たむろしていたところへ、明主様がお出でになり、誰かが質問したことに対して、

明主様が『慢心はいけないが、慢心を通り越した 慢心ならいいですよ』お答えになったお言葉には非常に驚いた。

しかし当時信徒にして、この言葉が吐ける方は よほど超凡でなくてはならないわけで、おそらく 出口先生も これだけのことは言えなかったであろう。というのは大本教では慢心を最も恐るべき禁戒とされていて、慢心の評を受けることは信仰生活の破滅を意味するほどだったからである。

質問者も驚いて納得いかぬような顔をしていたが、
私にはおぼろげながら判る気がして、慢心を懸念する 凡俗の境を通り越した非凡な方こそ明主様のように感ぜられ高い信仰の絶対境を示された気がした。

最後に 出口先生の辞去を我々一同見送る時、明主様も先生を送りながら 玄関へお出ましになったが、その時期見ていながらも 誰も一人気づかぬ 大事な手落ちを、とっさにお目に止められ、

適宜(てきぎ)の御指図をなされた 鮮やかさと、周到な注意力と、機敏さには思わず心中唸(うな)ってしまった。
(後略)」

発行された「景仰」には、この経緯が 書いてありません。
当時、大本教の状態や 王仁三郎師への接待の中で生まれたお言葉だったんですね。

『慢心はいけないが、慢心を通り越した慢心ならいいですよ』

質問者は納得いかぬ顔をしたとあります。

これは 以前、景仰を見た人から聞かれたことがあって、答えきれなかったんですが、

今回 手に入れた原書には ここが書いてあるから、よく理解できました。当時大本は とても厳しかったんでしょうね。

堅苦しすぎるから、偏っているから これを戒められたんでしょうね。
しかし教主の行い、教団の乱れ 分院の離脱、これは後の世界救世教からの秀明他、離脱教団と同じ経緯、
後の型をこの時されたんですかね。
明主様もこの頃 聖師に接待の御奉仕をされたんですね。

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/28 (Fri) 12:28:41

今回 「奉仕者を囲んで」の全編を入手して一番見たかったのが、明烏どあほさんも ここは 省略してましたね。
「昭和30年 1月11日晴れ
明主様は水晶殿、(20分くらい)、メシヤ会館へお出まし遊ばす。
その後 水晶殿にお移り遊ばされ、長谷川ナミ、内藤らくの両氏にご面会を許される。
明主様は 阿部執事に『長谷川は、本人は知らないが素晴らしい神様が使っている』と仰せられる。
また長谷川に対し『お前もこれから 神秘なことが色々起こるだろう』と仰せられる。
また明主様はメシヤとなられてからの苦労は、大変なものであることをお話になられ、
『何遍も自殺しようと思ったことがある』と御述懐遊ばされる。(長谷川)(後略)」

あります。やっぱり人間でもあられるから、大変なことなんでしょうね。



おお、そうか! - メ

2026/08/28 (Fri) 10:15:30

>>つい言っちゃいますね。 なんか また 言い出しそう。
言うなと言われたら言いたくなるんですね。

なら、一掃のこと同様に教団・組織の内部情報や闇なることも、
禁を破ってまで全て言って貰おうじゃないか?暴露という形でな!
あったとしたならばだがな、折角なんだから勿体ぶらず。
期待しているよ、皆さん今後は是非ともご注目を!
お手並み拝見といきましょう。

>>私もあまのじゃく の性格があるからまだまだ甘いね。
知らんが、そんなのに浄霊とやらができて?
して大丈夫?受けた者にも影響ないのか?

Re: 「奉仕者を囲んで」 - ■■■

2026/08/27 (Thu) 18:59:06


>今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、

これは検証したほうが良いですね。
玉男会長の伊勢神宮参拝の件もありますし。
いったい(教団が)どなたに聞かれたことなのでしょうか?
唐突に今更このような情報が出てくるのも???まるでこの掲示板を見ている職員が権威づけ神聖化のために発信したものと思われても仕方がありませんね。

>これは 記録には書けないでしょうね。

無いから書けないのでしょう。

一番さんも人には見せなれないようなことを言っておいて
先生からいただいたこの文章を許可なく都合の良いところだけを投稿しているのかもしれないですよね。偏向報道ならぬ偏向投稿です。
もともと偏っているのでしょうけれど。

今回のことも離脱の真意とやらも検証が必要でしょう。

誑惑は凄いな - w

2026/08/26 (Wed) 21:17:15

>>世界救世教 今全信徒とは 45万人 、神慈秀明会35万人

まぁ、真に救われる者はその内のホンの一握りの者なんやろぉなぁ。ここの掲示板ではそれらしき者を見たことないかな。

>>御昇天2週間前に会主様とご面会されたんですね。それが記録に残っている。 すごいな。
追伸、 今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、 これは 記録には書けないでしょうね。

どう足掻いても会主とやらを神格化させたいようで、
どこまても秀明推ししたいんですね。

自分の代で天国作るってあれほど豪語してんのに、
何で後継者がわざわざ要るの?
記録が残ってたとして疑いもせず真に受けるの?
どんな勉強会で講師が知らんがアテにして大丈夫?
記録に書けないって、後世の誰かが勝手に後付けした可能性もゼロで無いよ?

夜の中には何かと捏造・偽造・隠蔽・欺瞞が付きものだよ?

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/26 (Wed) 13:10:59

昨日 宗教問題の YouTube を見たんですが 世界救世教 真光、神慈秀明会を比較すること 言ってましたね。
世界救世教 今全信徒とは 45万人 、神慈秀明会35万人、
正確な数かは 分かりませんが そう言ってました。

秀明も大きくなりましたね。

さて [奉仕者を囲んで]の日記の中で
「昭和29年7月26日 晴れ、
メシヤ様は『現実の破壊と想像は日々 世界各地において行われている。
将来 腰を抜かすような大きな経綸が行われる時、
天地上下はひっくり返るのである。
その時のために少しでも 徳を積み、美しき行いをしておかねばならない。
天池はひっくり返るほどの 大浄化が起きた時は、信者でも残るのは2割くらいは難しいであろう。
しかし 本当に改心し全徳を積めば、その大峠もやすやす 越せるのである。
昭和29年6月15日から 本当の世界歴史が始まったのである。』
と仰せられる。
とありますね。今の世界情勢を見たら これは 今ですね。
それと この日記の中に 昭和30年1月27日晴れ
「明主様は奥様に『体もだいぶ良くなり、車もだんだんと 長く乗れるようになってきているので、4月には京都へ出かけよう』と仰せられる。
午後 名主様は 水晶殿にお出ましになられた折、
小山美秀子氏(秀明教会長)にご面会をお許しになられる。

その時のご様子を次のように語っている。
明主様はおお側奉仕者から、左右を抱きかかえられるようにされて、お出ましになられたが、お足がご不自由のようにお見受けしました。その時明主様は『今に浄霊するようになる。 そうすれば1000人だろうと1万人だろうと たちまちお蔭がいただける』と仰せになられる。(後略)」

とありますが、御昇天2週間前に会主様とご面会されたんですね。それが記録に残っている。
すごいな。
追伸、
今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、

これは 記録には書けないでしょうね。

しかし現実に 今の世界救世教に 信者数では追いついていますね。


Re: そうそう - 一番

2026/08/26 (Wed) 12:38:28

そうそうさん。御指摘ありがとうございます。

確かにねそういうこと言えるのは分かった人ですよね。
まあ 開き直りじゃないけど、

つい言っちゃいますね。

なんか また 言い出しそう。
言うなと言われたら言いたくなるんですね。
私もあまのじゃく の性格があるからまだまだ甘いね。

そうそう - w

2026/08/26 (Wed) 10:11:34

>>「犯人は。。。」などと軽率な表現は慎まれた方が良いと思います。

あと、半端者が容易にやれ悪魔・邪神等という表現もね。

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し

2026/08/26 (Wed) 09:46:48

「犯人は。。。」などと軽率な表現は慎まれた方が良いと思います。

何年も前ですが箱根に参拝した知人がそこでも日之出観音様を拝見したと言っていました。

Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/25 (Tue) 18:16:02

すみません 訂正仕方がわからないので 書き直しました。

「これも 以前書きましたけど、20年以上前ですね。
鹿児島の東方の光の友人から連れられて主の光教団へ伺いました。そこに ご神体の横に、特別にお祀りされていたのが 日の出観音 だったですね。
信者がおかげをいただいているとか責任者が話してましたが、
地元に戻り、地元の主の光を訪ねたら、ここにもお祭りされてたので、このお軸は信者に下付されていると言ってました。値段とサイズも話してましたね。詳しくは覚えてませんが、
石坂先生の書かれたものに書いてあるんですね。
神慈秀明会の 書かれたものにあるのである 同じなら 犯人は主の光関係者かもしれません これは分かりませんが、
それでこれは「izunome」1997年 秋 34号、に明主様の御車平安郷にお目見え
として紹介してますね 。スカイブルー、昭和27年から御昇天されるまでご使用された。
その後 38年廃車となり、行方不明になったと書いたもの見た記憶があるんですが、
一元化の後離脱した救世神教により、保存されていたと書いてますね。
救世神教からお借りしたと書いてます、
色々あったんですね。

Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/25 (Tue) 17:48:50

これも 以前 書きましたけど、経堂 私がやっぱり20年以上前 ですね 鹿児島に友人のところに伺ったら彼がそのひかり教壇に連れて行きました そこにお祀りしちゃったのが 日の出観音ですね それですごいおかげを頂いているという責任者の話を聞いて、後に地元に戻り 地元の その光でそこに お祭りしてある日の出観音を拝してそしてこれが信者に隠されていると値段も言ってましたね

そのいきさつなんか考えてみませんでしたが 今回 名無しさんが 石坂先生の本にそのことが少し書いてあるとあり なるほど 点と点がつながりましたね。
当時 何者かに盗まれたというのはその光 関係者なのかもしれませんね。もちろん 断定はできませんが、

これも イツ゚ノメ誌に、カラー写真で 明主様の行方不明になっていたキャデラックを離脱教団が所有していて、それをお借りしたと書いてありましたね。平安郷の記念の祭典で展示されたんですか、

ご昇天後のどさくさに紛れて 色々あったんですね。

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し

2026/08/24 (Mon) 23:56:14

>その5月過ぎに熱海の救世会館に祀ってあった御神体と、明主様のお写真が何者かの手によって、盗まれるという大事件が起こったのです。
またその直後 箱根日光殿にご奉斎の御神体、すなわち明主様ご真筆の十一面千手観音のお姿が刃物で切り刻まれ、しかも 裏庭で燃やされてしまった。
とも発表されました。

とのことですが、神慈秀明で正式にこう言われているのは知りませんでした。
十一面観音様が燃やされてしまったとすると、もう一つの盗まれてしまった御神体というのは日之出観音様のはずだと思いますが(石坂先生の本に確かそうありました)、それがどういう経緯で護持(主の光)から20年くらい前ですか、御下付されることになったのですか?

どうでもええわ - 実に笑止な

2026/08/24 (Mon) 21:24:46

>>どこの所属ですか?
何で相手の所属がどこだとかそうも拘るの?
世界中の人がここ見てたとしたらそんなのいろいろだし、
まるでいかがわしいことしてるみたい。
警戒して何か隠したい、後ろめたいことでもあんの?
何をそんなに不安がって怖がってんの?
不都合な相手と知れば揉めて余程、争いがしたいのか?

まぁ悪魔さんとやらは、もっと前からいたりして

>>それで根拠ですね

根拠の意味わかってます? 急所でもないし。
もう面倒臭過ぎていちいち教えてられない、
智慧証覚が磨けたまともな神経のある者なら、
とっくにわかってて、このくらい常識です。

>>別に今更世界救世教を批判する気は全くありません。

そうか?w

まぁ、一生そのままですか・・・

検証なんかしんでいい、どうせハードル高く荷が重いでしょ?
赤子の手捻りのようで、それよりも残り時間大丈夫?
ずっとそのままなのかしりませんが、
いい加減、帰幽後のこと考えといたほうがよさそうですが。

眠くなってくきたので、Zzz


Re: 根拠は? - 一番

2026/08/24 (Mon) 20:01:50

まずあなたはどこの所属ですか、
そしてこの件に対してはどのように考えているんですか。
教主はいるのかとか

それで 根拠ですね。
これは 世界救世教 でも 先生のお話の中で過去の反省ということをよく話されますね。
理解されているんですね、
なぜ教団が明主様御在世の時代と変わってしまったのか、

なんで離脱 教団がたくさん出て 本家もなんで別れなければいけないのか
どこに原因があるのか
その検証ですね。
もう あらゆることは今まで報道もされたし教団内に資料をたくさんありますね。
神慈秀明会にも 離脱した原因はそこにありますね これを学びますね。
ここは確かに急所ですね。

具体的に書いたら長くなるので、
悪魔の忍び寄るというのは 一元化を企てた幹部ですね。そして右翼の人間を 片腕として呼び寄せた。
あとは略します。「昭和32年6月3日の緊急会長会議で、驚くべき不祥事が発表されました。
その5月過ぎに熱海の救世会館に祀ってあった御神体と、明主様のお写真が何者かの手によって、盗まれるという大事件が起こったのです。

またその直後 箱根日光殿にご奉斎の御神体、すなわち明主様ご真筆の十一面千手観音のお姿が刃物で切り刻まれ、しかも 裏庭で燃やされてしまった。
とも発表されました。
おそらく 同じ暴徒の仕業に違いありません。それより先の4月にすでに脱退した某教会から、今二代教主始め 管長役員らが首をくくらなければ、ならないような事態が起こるぞ、という警告があったと言われてますが、返す返すも、残念至極で言う言葉もありません。

理大 教主は「その責任は万死に値する重大なこと 」と述べられました。それ以後、教団の進む道がますます狂い出したのです。

二代教主は 明主様のご真筆ではなく、自ら書いた書を祀るように指示してきました。
しかし 明主様信仰一筋に連なる信者にとって、明主様のご神体をご奉斎しないことなど考えられないことです。

二代教主の時代になっても、同じ信仰の道を歩むと信じていたのですから、それはいわば 黒幕の向こうに明主様を隠されてしまったようなものでした。」
神慈秀明会「道 ひとすじ」から

別に今更 世界救世教を批判する気は全くありません。
ただこういう裏付けがあるということですね、これは教団も記録が残っているでしょう。


根拠は? - で?

2026/08/24 (Mon) 08:24:12

当時の救世教が酷かったとか、
邪神の巣窟・働きだとか、
悪魔が忍びよるとか、
それなりの根拠あってのこと?
あまり具体性が見受けられませんけど。

分裂・内紛って二代とやらの頃から?
それ以前は何も無く平和的だったの?

そもそもが二代以降の教主って、
誰が決めたの?必要だったの?

Re: Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 08:10:48

そして強力なやつが取り付いた。

Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 08:07:35

そして悪魔が忍び寄る。

Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 08:04:24

救世教会館ではなくて「救世会館」ですね 。お詫びして訂正いたします。
メシヤ会館のメシヤを除いた。
教団も世界(メシヤ)教から。世界救世(きゅうせい)教 に変更、明主様は大本教では救われないとおっしゃってましたが、奥様は大本に戻されたと私は解釈しました。力を落とした。

Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 07:51:53

明主様ご 昇天時には
大本教のお手代をなされたり、
明主様の戒名を大本教の教師に依頼され、祝詞もでしたか、そして 明主様御設計のメシヤ会館は 取り壊され、
大本教の土で整地され、見事に 大本教の神殿を手本に救世教会館になりました。

Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 07:24:10

この時誰しも 大本教を離れられない奥様を、二代に推戴されるなんて 想像しなかったでしょう。

しかしこの後『皆この人にお世話になる』とおっしゃったと書いてますね。
これは暗に二代をご指名されたと捉えられますね。これは
状況から見ておっしゃったのか、

今日の世界救世教の混乱のもとは二代様から始まったと思うんですが。
だから 同じ世界救世教東方の光教団はご神体を二代揮毫から明主様御神筆に変更しましたね。
いづのめ教団は二代揮毫です。

Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 06:59:05

それで 、メシヤ降誕仮祝典2日前、
昭和29年6月13日 曇り
「午前1時 奥様は 東山荘へ向かわれる。大草管長と 木原 理事長は 東山荘へ赴き、奥様にお目通りされ、明主様のご意向をお話しされる。

奥様は ご納得になり、お車の使用について お詫びをされるとともに、大本教 信仰をやめて 常に 明主様のおそばに待ることお約束になり 朝方碧雲荘へお戻りになられる。

奥様はもはや 大本教の教師を呼ばれ、
大本教 関係の出版物一切を リヤカーに積まれ、お渡しになった。(後略)」

とありますね。
詳しいことはわからないんですが、明主様のお車を無断で使用されたんですね、
それで一時的 別居されたんですか、ここは分からないんですが、その時東山荘と碧雲荘、別々に住まれていたから、
または メシヤとお呼びするのは申し訳ないと大本教 にお詫びに行かれたと書いたものがありますね。
大本教を心酔されていたんですね。

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番

2026/08/24 (Mon) 01:07:15

これは岡庭真次郎先生が昭和9年に書かれた[岡庭真次郎日記、抜粋]から
「2月10日、
大先生のお言葉によれば、『大本信者が一番 救われないことは明白な事実だ。
うちの奥さんを見れば明らかだ』とのお言葉で、
実にお気の毒な御事である。
実に神様を信じる 団隊にして真の神様や、大先生に反抗することによってであります。

9月2日、
奥様の大本の雑誌注文のため、大先生より30円 60銭お預かり申す。何としても 奥様は大本教より離れないご様子、実に情けないことなり。」

とありますね。
大本教 時代から 熱心に大本教を信じていらしたんですね。
それに対して岡庭先生先生は やきもき されていたんですか。

Re: Re: だから何? - 一番

2026/08/23 (Sun) 19:25:20

度々すいません。
スマホ変えたから 全然 修正ができない、 また間違ってますね。
救済業じゃなく 世界救世教ですね。
当時は本当 色々 世界救世教に関しては 邪神の働きというのをよく見せつけられました。

青年の夏季布教の時 これは一度書きましたが、当時 青年が誤って 世界救世教 信者宅に伺って「大光明 真神」のご神体を背景に信者に 浄霊をしたんですね。
そうしたら全身が真っ黒くなって 硬直して動けなくなったんですね。同志が浄霊しても効果がなく 抱えて 出張所まで戻って先生がご浄霊して回復した。
それから世界救世教の信者に 浄霊をしたらお詫びになりました。
それだけ 邪神の親玉がかかっていたんでしょうね。そりゃ負けたのかもしれませんが、そこは 分かりません。
そういうことがありました。

Re: だから何? - 一番

2026/08/23 (Sun) 19:10:31

こういうことを公式では言わんですね。

当時 やっぱり神事秀明会は少し 閉鎖的だから それで発展しているから どうなっているんだろう 興味があったんでしょうね。
夜中に忍び込んだんでしょうか、世界救世教 と言ったら 当時はまだ 相当 内紛 していた頃だから、警備をしていた 奉仕者が発見したのかもしれませんね 。
何をしているのかと 問いただしたかもしれません、そこは 私は人から聞いたから、
それ以上のことは言えません、

その頃は 世界 救済業はひどかった。
本当に 邪神の巣窟であったと思いますね。

だから何? - で?

2026/08/23 (Sun) 17:26:03

それが何に影響があって、
どこかが変わることでもあったの?
そうも重要なことだったの?

それと「言われてましたね。」の憶測でなく、
あったのは確かなの?

世界救世教側はそのことを公式に言ってるの?

Re: Re: 使命感? - 一番

2026/08/23 (Sun) 02:12:14

伝は殿の誤りでした。
スマホ変えて操作が慣れず申し訳ありません。

Re: 使命感? - 一番

2026/08/23 (Sun) 02:04:22

確か 神慈秀明会の教祖伝が完成した後 秀明の聖地に世界救世教の信徒が侵入したと言われてましたね。

確かに私も 似たようなもんですが、

使命感? - w

2026/08/21 (Fri) 12:38:14

我と癖の強さ丸出し・剥き出しの信者が暴走して、
幼稚で不法侵入のような真似しただけやないか! w

何が使命感やねん、最早、慢心どころやないわ。

Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番 URL

2026/08/21 (Fri) 11:31:27

>慢心を下回った 慢心は論外ですよ。

そんな み教えがあるんですね、 初めて知りました。

なるほど、慢心を下回った 慢心とはどういうことなんだろう?

軽く のぼせ上がる

調子に乗ると言うか、
これも時によっては必要ですよね、

慢心を超えた 慢心とは神様と、人間の境を超えたもの、
やってはいけないと神様が言われたことをする、

でもこれは絶対に自信があるとピントがあった時、 その境を超えてしまった、それが可能になることもありますね。

私は今から30数年前かな、初めて箱根 神仙郷に行った時、
ここからは入っちゃダメですよ と 境があったんですね。木で境界線が作ってあった。

でも俺は絶対に大丈夫だと思って、それを外して中にズカズカ と入っていきました。

何か 自信があったんですね。

なんと無礼なやつかと多くの人は思うと思うんです。

これは 説明 できないですね。誤解される、

使命感、の確信があるんですね。
これは下手したら 慢心と捉えられる、だから こういうことを絶対に言いません。



慢心どころか - 何言うてんねん

2026/08/20 (Thu) 20:44:49

「慢心はいけないが、慢心を下回った慢心なら論外ですよ」
と言うてるわ、厳しさはそら必要みたいやけどな、

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