
「奉仕者を囲んで」 - 一番 URL
2026/08/20 (Thu) 01:20:26
地34号8(昭和27年3月26日) 瓢箪(ひょうたん)
四、松の心
「S君は 明主様の御事に関して種々語ってくれたが、彼の相当 飛躍した話でもう私は疑念を抱かなかった。
そして 明主様に喜んで帰依し奉る決心をしてから、暗い信仰生活に光明が点ぜられた心地がした。
その御徳を慕い大森へ集る信徒は、「岡田先生」と申し上げていた。
大森(大本分院)では、月に2回の祭典 3回の講演があり、祭典の後では必ず御話や冠句の発表、時には謎々で引く福引などがあり、信徒は熱狂的歓喜に浸った。(中略)
また宗教の教主(王仁三郎)は霊界物語をお筆先の解説書とし 、これが 専読を奨励されたため、経(たて)の支柱たる お筆先は 軽視され、 無必要化した形となってからは、信徒の多くは奔放(ほんぽう)な教主の言動に習い、好んで 常軌を逸し、善悪の判別の力を失って 恬然(てんぜん)として 虚言を吐き、宗門のためなら 家庭や社会制度に悪影響することも反って善行とされ、借金を踏み倒しては貸主の罪穢を除ってやったなどと平然と公言する信者もあるごとき 弊害も生じたのである。
(中略)
まだ離脱を警戒するのが迷信の実態である。(中略)
昭和三年 出口先生は東北巡遊の帰途、明主様の御邸宅なる 大森分院へ立ち寄られ、この時私は初めて 御住居へお伺いしたように思う。
私の目には とても清潔で、豪華な趣の御邸だったが、初めて行ってもうすぐに家族の一員になれるような気兼ねのない、和やかな快さは、どこの分院にも見られない雰囲気だった。その日私のような青二才にまで見たこともないような、贅沢な 弁当が接待され、小乘信仰の神経をビクっかせながらも、大らかな 暖かい御家風が知られて心を洗われたような快感に浸ったものも、忘れ得ぬ思い出である。
私たちが女中部屋に たむろしていたところへ、明主様がお出でになり、誰かが質問したことに対して、
明主様が『慢心はいけないが、慢心を通り越した 慢心ならいいですよ』お答えになったお言葉には非常に驚いた。
しかし当時信徒にして、この言葉が吐ける方は よほど超凡でなくてはならないわけで、おそらく 出口先生も これだけのことは言えなかったであろう。というのは大本教では慢心を最も恐るべき禁戒とされていて、慢心の評を受けることは信仰生活の破滅を意味するほどだったからである。
質問者も驚いて納得いかぬような顔をしていたが、
私にはおぼろげながら判る気がして、慢心を懸念する 凡俗の境を通り越した非凡な方こそ明主様のように感ぜられ高い信仰の絶対境を示された気がした。
最後に 出口先生の辞去を我々一同見送る時、明主様も先生を送りながら 玄関へお出ましになったが、その時期見ていながらも 誰も一人気づかぬ 大事な手落ちを、とっさにお目に止められ、
適宜(てきぎ)の御指図をなされた 鮮やかさと、周到な注意力と、機敏さには思わず心中唸(うな)ってしまった。
(後略)」
発行された「景仰」には、この経緯が 書いてありません。
当時、大本教の状態や 王仁三郎師への接待の中で生まれたお言葉だったんですね。
『慢心はいけないが、慢心を通り越した慢心ならいいですよ』
質問者は納得いかぬ顔をしたとあります。
これは 以前、景仰を見た人から聞かれたことがあって、答えきれなかったんですが、
今回 手に入れた原書には ここが書いてあるから、よく理解できました。当時大本は とても厳しかったんでしょうね。
堅苦しすぎるから、偏っているから これを戒められたんでしょうね。
しかし教主の行い、教団の乱れ 分院の離脱、これは後の世界救世教からの秀明他、離脱教団と同じ経緯、
後の型をこの時されたんですかね。
明主様もこの頃 聖師に接待の御奉仕をされたんですね。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/11 (Sun) 04:36:17
代理さん
>御供物の味は美味しいでしょうか?
どうなんでしょうかね 美味しいと言われたら美味しいし
霊的なことはさっぱりわかりません。
以前は 三温糖の固められた 落雁 みたいなものでしたね。
今は 三温糖の飴になっているのかな。
年に数回 いただきます。
仏壇にあげるときは少量にしてくださいと言われますね、
おひかりが強いんでしょう。祭典時、明主殿のメシヤ様御神影の下の
三宝にたくさんお供えされてます。
こちらは梅の柄でしたね。明主様に縁りのある柄 なんでしょう。
天照皇大神様は御供物におひかりを入れてくださる。
それ以外の神は人間がおあげする 御供物を召し上がると 御教えありますね。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/10 (Sat) 21:39:41
ご神前のお供物の柄が桃だった、
これは明主様御在世中のことですね。
当時 頂かれた新健康協会の
信者さんに聞きました。
、また 「明主様様のご眼力」(神成大教会)岡庭真次郎
抜粋、これこそ 昭和6年6月15日 明主様が房州 日本寺に 天照皇大御神様をお迎え遊ばされましまてより、満3年の後、天照皇大御神様はこの日枝神社にご鎮座坐ましたのであります。(中略)昭和9年9月15日 この日は大切な意味があり、明主様はこの日桃太郎としてお生まれ遊ばされたので ご神業は一段と進展され、 極めてめでたい事になったのであります。」
と、お書きなってますね。桃太郎、桃とは明主
様の御事なんですね。明主様教団の中で会主様だけがそこを抽出された、
神慈秀明会が桃にこだわるのは、意味があると想像しますね。今でも青年は桃(百名)の浄霊を目標にしていますね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 代理
2026/10/10 (Sat) 14:50:13
一番さんへ
>その中の落雁が桃の形をしていたとおっしゃってましたね。やっぱり何か こだわりがあられたのでしょう。
明主様御在世中のことでしょうか?
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 代理
2026/10/10 (Sat) 14:48:02
一番さんへ
>それとお光入り お供物は祭典が終わった後 拠点が頂いて信者に配ってますね。
おいしいですか?
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/06 (Tue) 10:14:21
それとお光入り お供物は祭典が終わった後 拠点が頂いて信者に配ってますね。
私も 年に数回 今新健康協会からいただきますが、ほんの少しずつ食べてくださいと言われます。おひかりがいっぱい入っているからでしょうね。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/06 (Tue) 09:53:36
奉仕者を囲んで
ですが 以前 明主様 御在世中、木原先生のところでご奉仕をされていた これは箱根ですね。 その方と数日間 当時のことをお話を聞いてビデオにも録画したんですが、
熱海 咲見町 仮本部で参拝されていた時、明主様のこの部屋 いっぱいに光が世界に広がっていくというお話を直に聞かれて 浄霊する時も手を振ってはいけないという ご自分で手を揺らしながらお話をされた それも話されてました。
その方が言っていたのが 神慈秀明会は桃を象徴してお導き 拝読 浄霊、百名、 会主様の頃から 位置づけていました。聞くと、他の教団ではそんなことは一切ありません。
それで 桃というのは御在世中にどのようにとらえてきたのか その人に聞いたんです。
あまり知らないようでしたが ただ 明主様がご面会されている時にご神前にたくさん 供物が三宝か何かに重ねて置いてありますね。新健康協会でも祭典ご参拝する時はお写真の後ろに同じようにお供えされてますが、
その中の落雁が桃の形をしていたとおっしゃってましたね。やっぱり何か こだわりがあられたのでしょう。
それで私の拠点はあと数名で100名の導きがお許しがあるのかもしれませんね。これは聞いてませんが、必ず達成すると言ってます。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/05 (Mon) 17:10:11
今から40年以上前の話ですが、
私が神慈秀明会に入信が許される 頃出張所で 当時の 青年のリーダーがとても ユニークな人で足の裏で浄霊できるか試したというのを聞きました。
それで「 奉仕者を囲んで」を見ていたら、明主様はなされていたんですね。
昭和29年7月20日 曇り、抜粋
「メシヤ様はお座り遊ばされてる時は、後頭部を絶えずご 浄霊遊ばす。お布団でお休みの時は、“足の裏“で大腿部のところを御浄霊遊ばされる。」
とありますね。
意外ですね。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/05 (Mon) 12:39:16
そうですよね 。図面を見て言われたのか、 また秀明だけなのか、御浄化されている頃 木原先生のお宅にも散歩の途中でよられてますね。
ですから 秀明だけ特別だというのは
違うかもしれませんが それはしょうがないですね。
どうしてもそんな風に見えてきますから、
しかし今の神慈秀明会はやはり目標を達成 掲げてるから発展してますね。
玉手山手部も自動ドアですかなるほど あそこまで綺麗になっていたら 今の私の拠点も鉄筋3階建てエレベーター付き
とてもまだ立派な建物ですが あと数年後は20億円の拠点に変わると聞いてますから、
今の世界救世教 と比較したら何が違うのか やっぱり 目標達成でしょうね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し
2026/10/05 (Mon) 07:18:36
秀明の支部の話題で盛り上がっているところ恐縮ですが、渡辺勝一氏もこんなことを書いてます。昭和25年のことです。
『(前略)教祖様はわたしに、「五月ごろに京都へ行くが、渡辺さんも立派な家ができたそうだから、一度寄ってみよう」と、お言葉をかけてくださった。
教祖様が普通の教会をご訪問なさることなど例がなく、これは異例のお言葉であった。(後略)』
そして実際ご訪問された際
『「ここはなあ、名古屋で中京ともいう。中京ということは日本の真中ということだ。池の真中に石をぽんと放り込むと、波の輪が四方にひろがっていく。それと同じで、ここから世界中へと私の教えが広がっていくのだ。ここを名古屋の別院とする。」
明主様は私に向かって、同時にまわりの人びとに向かってこうおっしゃった。
これ以前、これ以後にも、当時小田原にあった五六七会本部を小田原別院と呼ばれた以外に明主様が別院なる称号をおつけになったところはない。
(中略)
ちなみに、中京教会に明主様をお迎えして“名古屋の別院である”とのお言葉をいただいたあと、間もなくして教団は一元化の手始めとして大教会制を廃することになり、各地に多くの教会が設立されていった。したがって設立当初一万人からの信者に支えられていた中京教会も、数百人規模の小教会になってしまった。(中略)いうまでもなく小田原別院も教団史に残る呼称となった。そして名古屋別院は教団史に正式に書きとどめられてはいないが、私の胸中には永遠に刻みつけられているのである。』
だいぶ話を盛ってあるかもしれませんけどね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - とりあえず名無し
2026/10/04 (Sun) 15:27:04
参考
https://shuken.sonnabakana.com/katsudou/hiten/05.html
Q. そ、それじゃあ、何が「唯一」なんだろう。そうだ!明主様が1教会に足を運んでくださり、建物の様子を指示してくださったというところが唯一なのではないですか?明主様が1教会に来てくださるなど、とんでもないことだったと聞いていますから。
A. そう思って、ある秀明信者が救世教の人に威張ろうと思いそれを言ったところ、「明主様はいろいろな教会にお出ましになっておられますよ」と言われ驚いたと言うことがありました。これも景仰などを読むと分かりますが、明主様は時間が許す限り出来るだけ多くの人に会い、浄霊をし、話をしてやりたいというお心の持ち主であられました。私たちが離脱の神意で聞いてイメージしているようなもったいぶった方ではありません。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - とりあえず名無し
2026/10/04 (Sun) 15:26:05
参考
http://anticult.minibird.jp/shuumei/goshinshou.html
①明主様は玉手山支部を設計していない。誰かが設計した図面を見て、ご指示されただけのことである。
②移築されたときの増築、老朽化に伴う改築で明主様が来られたときとは間取りが大幅に変更されている。
③白蟻に食われて、平成13年に大改修した後の玉手山支部には移築当時の材木はほとんど残っていない。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - とりあえず名無し
2026/10/04 (Sun) 15:25:23
一番さん ありがとうございます。
玉手山支部(旧本部)の建物は 京都支部の 宗務棟の前に 移築しているのですね。
〉明主様ご設計の建物は、
明主様がご設計されたのではなく
明主様が設計図をご覧くださり、いろいろお指図をたまわり、おん自ら足を運ばれた(今や唯一の)ご神殿です。
「飛天」p57に載っています。
〉玉手山支部(旧本部)に 明主様がお越しになった時の廊下にたたずまれるカラー写真
https://shuken.sonnabakana.com/katsudou/hiten/engawa.html
玉手山支部(旧本部) 濡れ縁の部分比較
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/04 (Sun) 14:43:53
今帰りに神慈秀明会によりました 入信式があっていてそこで 助教師さんに聞いたら玉手山支部は明主様ご設計の建物は、京都支部の 宗務棟の前に 移築するために、 現在 工事中で、今 地下工事がされていると言っていました。
玉手山支部に 明主様がお越しになった時の廊下にたたずまれるカラー写真は他の人は見たことないでしょう。教祖伝
東方の光でしたか ちょっと忘れましたが、正座された正面から撮られてたお写真がありますね。 センター左にお飾りされてますが、あれも 秀明教会に明主様がお起こしになられた時でしたか、のカラー写真、当時はカラーフィルムはほぼ手に入らなかったと言ってました。
それで 写されたのだから貴重ですね。
背景が出口王仁三郎の書かれた「みろく出生せんとす」。です。これも 明主様が指定されて掛けられた。
会主様の親戚が撮ったんですか、明主様は
『写真屋に任せる』とおっしゃったと聞いてます。
ほぼ間違いないと思うんですが この記事は記憶で書いてます。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/10/04 (Sun) 07:41:22
2年前でしたが新聞に特集されてましたね、 これは新聞を探したら詳しく書いてあると思うんですが 、拠点支部にも大きく ポスターが貼ってありましたから、確か 当時の教会は記念館のように 今なっているのかもしれませんね。
今から新健康協会の御神影様にお参りに行かせていただきますから後で調べて投稿します。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - とりあえず名無し
2026/10/03 (Sat) 11:43:18
「明主様が設計図をご覧くださり、いろいろお指図をたまわり、おん自ら足を運ばれた今や唯一のご神殿 玉手山支部」は 今でもあるのですか?
平成13(2001)年大改装→2022年改築?
https://shuken.sonnabakana.com/katsudou/hiten/05.html
明主様が設計図をご覧くださり、いろいろお指図をたまわり、おん自ら足を運ばれた今や唯一のご神殿を玉手山支部に移築、現在使用させて頂いて
https://www.showa-sekkei.co.jp/projects/post-5979/
神慈秀明会玉山手支部|宗教施設の建築設計実績|昭和設計
https://youtube.com/watch?v=yISyZ1kmGSI&si=Kack5tpm8X88Y2Ny
神慈秀明会玉手山支部
https://maps.app.goo.gl/P88AzaRUNbSVov6CA
神慈秀明会 玉手山支部 地図
http://anticult.minibird.jp/shuumei/goshinshou.html
御神床改造
Re: .氏へ - 一番
2026/10/03 (Sat) 02:59:23
昭和29年4月19日、抜粋、「阿部執事から
明主様は急に大浄化をされて、お出かけができなくなったとのご返事であった。」 (山崎)後略、
この約1週間前に、神慈秀明会においでになるんですね。
「明主様秀明教会へご来臨」
昭和29年の春の御西下の折、4月11日 明主様は春秋庵に向かわれる途中、秀明教会にお忍びでお立ち寄りになりました。
名古屋をお発ちになる直前に『秀明へ行く』とおっしゃったのです。1教会に足を運ばれる など 前代未聞のことで、春秋庵にご奉仕に出ておられた会主様と信者は大急ぎで戻りお迎えしました。
昭和27年から着手していた秀明教会の新教会は、設計について 明主様のお指図を頂いており、その折、教会完成の時は行ってやるとの内旨を会主様は頂かれていましたが、突然のご来臨でした。
当時 名所様のご設計になる 新教会の建物は御神殿だけが出来上がっただけで、まだ未完成でした。
明主様は、まずご神殿にお越しになり、御神体とついで大黒様おじっと ご覧になりました。会主様は再度のご入霊を頂いたと思うと、おっしゃっておられます。
奥の間でしばらくお休みの後、庭にお出になってお気軽に 庭木の剪定をしてくださったのです。
そして 教会の中庭を埋めるように ご指示いただきました。明主様ご設計通りでしたが、『すぐ埋めろ、埋めれば発展する』とのお言葉でびっくりしながらも、中庭を潰して増築しました。
この教会は現在玉手山支部の御神前として、移築されています。秀明教会にとってこの上もない、光栄な明主様ご来臨でしたが、この春の御西下が明主様のご在世中最後のご旅行となりました。
そして明主様は熱海に帰られると、間もなく御浄化に入られ、翌昭和30年2月10日 神界にご帰天なさったのです。」(神慈秀明会のあゆみ)
今玉手山市は新しくなって明主様ご設計の貴重な建物は保存されて、外から見られるようになったとこの前書いてました。
そうですね。 ご来臨の時の貴重なカラーお写真が残ってます。
Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 11:17:56
「風景」でなく「景仰」ですねを すいません。 たびたび、
それで 奉仕者を囲むはとても内容が 繊細で、一般には公開できるもんじゃないかもしれませんね。
最高の神様のご内心を一般人が軽く見るというのは、
許される もんじゃないかもしれません。
と言って昼の世界になったから、全て明かされる時代でもあると思うんです。
本当に微妙ですね。
Re: Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 10:32:50
風景を仰ぐこれは「風景」を仰ぐですね 。大本教自殺は 離脱ですね、 音声で変換しているから間違って そのまま乗りました 訂正します。
Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 10:29:37
それで風景を仰ぐの原本は編集された 森山先生が集めた資料を書いてあるんですね市販されているものは幅広い 関係者の記事を省略して載ってますね 少し内容が変わってきますが地上天国誌からとか栄光 新聞とか大本教 自殺の時とか 慢心を超えた 慢心はいいとか神がかりを多賀先生のご夫婦はされた時の様子とか 箱根 美術館 落成の時とかが書いてあります。
ですから その先生が 特に熱心なお方だったんですね。
一般の先生はあまり ご存じないかもしれませんね。
Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 10:22:16
またロデール関係のことや 私が虚言癖があると前のどなたかの 投稿で書いてありましたが ここは 詳しく どういうところでそう感じたのか書いていただけますか?
あなたはどなたなんですか ペンネーム お願いします。
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 10:19:29
ですから一般に市販販売はされてませんね。資料 なんでしょうね。新聞に載ったのを関係者がまとめて資料を作ったんでしょう。
古い先生もお持ちでなかったから一般の先生は知らない人もいるかもしれませんね。
でもしっかり祈って探したらピントがあったら入手可能かもしれませんいかがでしょうか、
それでこの奉仕者を囲んで また関連した「景仰」の原本も印刷していただいたんですね。 これも 内容が良かった。
少しずつこの欄でご紹介できたらいいんですが。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/09/25 (Fri) 10:10:14
ファイヤーさん 遅れました 今 拝見しました たくさん投稿があるから、これは教団から発行とか一般の人が入手するとか これは少々困難かも、
投稿サイトあけ ガラス どアホーさんのものがありましたが 彼は自分が教会長 関係 だから新聞に載っているから そこから入手したのかもしれません。
詳しくは 分かりませんが あれは だいぶ 省略してありましたから、また うめきメシア教は彼は教団の職員であったから 手にできたんでしょう。
自分の勉強会で紹介してましたね。
私の場合は明け ガラス さんの分をそのまま写真をつけて自分で本を作ろうとしてたんですね。それを 伊豆の国 教団の先生にお見せしたら琴線
に触れられたかもっと詳しいのがあると、ひと月後に、
93枚 印刷して来ていただいたんです。
これはなかったら、ここまでしていただけなかったと思います。
これはこの先生の先輩の先生であるお方もお持ちでなかった資料ですから、
それで私の友人に これを見せたら自分も欲しいと言ってましたが 私は93枚も印刷は手間がかかるから断ったんです。
そうしたら彼はその先輩の先生のところに行って内容を話したら先輩の先生 もぜひ見たいということで 私が頂いた先生に連絡をされて私は友人も手に入れたと連絡が来ました。
全く手に入らんということじゃないんですね。 詳しい方はお持ちかもしれませんね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - ファイヤー
2026/09/16 (Wed) 14:07:00
一番さん
「奉仕者を囲んで」 という文書はどういったものなのでしょうか?
いづのめ教団が発行した出版物?非売品?かつて信者さんに配布されたものですか?
教えてください。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - .
2026/09/13 (Sun) 14:33:20
一番さん
「奉仕者を囲んで」 という文書はどういったものなのでしょうか?
いづのめ教団が発行した出版物?非売品?かつて信者さんに配布されたものですか?
教えてください。
Re: お忙しいわりには・・・ - 一番
2026/09/08 (Tue) 16:34:12
納得いかないさん
今 拝見しました
なかなか 掲示板は全部を読みきれないから 見落としているところもあります 、そこはご勘弁。
>小山先生を信じているから、そういう人の集まりだから、あの先生の誠は、他の教団の先生も知ってますが、特別ですね。
>要は 秀勉講師の話は嘘ですか。
秀明は会主を後継に信じるように 盲信させている。
一番さんはロデール 研究の件では トモさんの質問を返事しないで ここを説明してもらわないと。
失礼ながら あなたには 虚言癖がある。
ここさっき見たばかりで、暇な時に見ていますから、
全部に返答はできませんが、これは具体的にどういうことですか?
間がちょっと あきましたが、
.氏へ - ●●●
2026/09/07 (Mon) 20:03:42
別にこことかでもいいではありませんか↓
ttps://hh4.bbs.fc2bbs.net/
掲示板やブログなんか、その気になりゃいくらでも作れます。
元から階層の高い掲示板とも思えませんが。
そう捉えて関わらないと、避けていた者もいましたしね。
その花桃氏が出禁にされてるのですか?
私はここの掲示板に特に執着はないですし、
されたらされたで別の場で発信するだけです。
するだけの正統な理由は一応に問いますけどね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - .
2026/09/07 (Mon) 12:04:26
個人の感想ですが
一番さんが投稿されるのは自由だと思います。
この掲示板の操作もできないのにいまさらブログの開設も難しいでしょう。
「一つの波紋2」のように並列式でなくスレッドを立ち上げる方式なので見たくないスレッドは見なければ良いだけなので。
ただ妄信者は書き込めるのにアンチは書き込みができないのはどうかとは思ってます。例花桃MIKIさんのように。ただそれは管理人さんの意向だから仕方ない部分ではありますが。
何か良い方法があればいいのですが。。
本家・諸教団の信者及び未信者の方々へ - ●●●
2026/09/07 (Mon) 11:15:24
>>あー 正統後継者になっているのか。 そんな大事な話 なんですね。言われてみて気が付きましたね。
聞こえましたか?これが秀明の老信者の信仰心と認識レベルです。
もう一度載せます↓2026/08/26 13:10:59 付
>>御昇天2週間前に会主様とご面会されたんですね。それが記録に残っている。 すごいな。 追伸、 今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に"後を継がないか"とお話しされたとあると、言ってましたが、 これは 記録には書けないでしょうね。
虚言・戯れ言で済む話ではない、
教主制は廃止にしたようだが本家の救世教は
今尚、存在し活動している。
また家系上、岡田家の者となる
四代・五代が追放後も独立し別で分派教団を立ち上げ、
こちらはこちらでメシア教として後継となる教主が存在し
活動している。
明主様は後継者とやらを立てる場合、
複数人も分けて継がせるのか?
普通どこの組織も後継者は1人だと思えるが、
記録に書けない程だったのなら正統でなく、
どういう後継者だったのか?
小山講師とは?代表と思われる、
小山玉男氏とは関係があるのか?
検証し、別のコーナーを新設して
釈明文書いて貰うのは結構だが、正直、既に信用度は赤字だ。
そろそろいい加減、他の者が検証された意見等を
是非お伺いしたい始末である、以上。
Re: Re: 茶番は結構 - 一番
2026/09/07 (Mon) 10:51:07
ここは 「奉仕者を囲んで」のコーナーですから
別に特別にコーナーを設けましょう。
Re: 茶番は結構 - 一番
2026/09/07 (Mon) 10:38:11
あー 正統後継者になっているのか。
そんな大事な話 なんですね。
言われてみて気がつきましたね。
なるほど ここは どう説明したらいいんだろう。
私個人の意見としては、今更これが 小山先生のことをおっしゃったにしても現実 、、、
確かに検証するということで、そうか、そうしたら 小山先生の人格これまでの流れ、明主様の小山先生に対する接され方、表現が変ですか、どのようにお捉えになっていたか、過去の資料から紐解(ひもと)いて行きましょう。
茶番は結構 - ●●●
2026/09/07 (Mon) 09:41:36
>>ですから ここ数日間は 掲示板を見てませんでしたね。 それで ・・・(以下略)
しっかり、正統後継者談のことは話してきましたか?
あなたと講師の責務ですよ。
また感想文みたいなどうでもいいこと書かれてますけど、
誰がこんなこと聞きたいなんて言ってます?
ここに来る閲覧者が、さぞそんな記事読みたいとでも?
厄介ごとから目を背けたいだけでしょ、
それては、とてもでないが信仰者とは言えませんよ。
役に立たないとそっぽを向かれますよ、
言い出しっぺが本来真っ先にすべきこと、
できなきゃ、他の方でもいいから問いただしして貰いたいな。
その際は講師と発言した当事者がだれなのか?判明されることになるでしょうが。
掲示板は占有物ではない - ●●●
2026/09/07 (Mon) 08:22:00
>>多忙というか 暇が作れるんですが、
他の信者もクレームしている、
今ある最重要事項を二の次の後回しにしたわけですか?
>>やっぱりこの掲示板は敷居がとても高い。 すごく 圧力を感じるんですね。 霊界が高いんでしょうね、
他で言ってますでしょ?肥溜みたく、と。
「ここの掲示板とは関わらない」と昔そう言い放ってた者もいましたけど、それでこそそういう者ほど・・・私も仕方無くというとこでしてね。
>>今までは気軽に投稿してましたが、 最近は 重圧を感じるようになって、自分が見たいと思ったら見るし、きついとったら間を分ける。 最近はそんなスタンスですね。
ここ、あくまで他人が運営してる掲示板ですし、
私物化したような日記帳・落書き帳・塗り絵コーナー
でないのだから、あとやたら好印象づけようとするのも
お止し願いたい、勧誘行為の意が見えなくもないので。
そういうことは御自分でブログなるものを立ち上げて
してほしいです、ブログのことがよくわからなければ、
わかる者に聞いて下さい。
大衆が見て・書く場です、皆が今尤も知りたい・見たい情報を
共有・協力し合って心地よくなる場と思えますし、
そういう有意義な掲示板になっていくことを推奨します。
Re: Re: お忙しいわりには・・・ - 一番
2026/09/07 (Mon) 07:33:35
ですから ここ数日間は 掲示板を見てませんでしたね。
それで 昨日は新健康協会は 敬老の日でもあり恒例の記念写真を撮って、豪華なお弁当をいただきました。とても美味しかった。
神慈秀明会ではこんなことはないですね。
世界救世教いづのめ教団では最後の感謝報告で発表していたのが 自分は日頃は不平不満を言いますが、
今は少しだけ言って、後は感謝に変えると言ってましたが、少しだけは 余計だろうと 少しも言うなと、
つっ込みたい気持ちで聞いてましたが、センター長ですね 言っているものが。
世界救世教 らしいと思いました。でも先生が昨日は来れなくて 代読された先生の話では、これからは 裁いてはいけない 咎(とが)めてはいけないというのは良かったですね 。
日にちを間違えて明日が神慈秀明会の月次祭ですね。
こちらも信者が手作りのお饅頭が終わったら いただけるから これも楽しみ。
Re: お忙しいわりには・・・ - 一番
2026/09/07 (Mon) 07:20:31
多忙というか 暇が作れるんですが、 やっぱりこの掲示板は敷居がとても高い。
すごく 圧力を感じるんですね。 霊界が高いんでしょうね、 今までは気軽に投稿してましたが、
最近は 重圧を感じるようになって、自分が見たいと思ったら見るし、きついとったら間を分ける。
最近はそんなスタンスですね。
お忙しいわりには・・・ - ●●●
2026/09/06 (Sun) 12:47:59
ご返答どうも
いつもはまるで御自分の日記帳のように、
ポンポンとこの掲示板には記事を書き込まれるのに、
今回に限っては随分と返事にお時間がかかったようですが?
シンプルに(はい)か(いいえ)かで答えるのだけでも
十分だったのですけど。多忙の中とはいえ、
ものの数分もあれば事足りそうですが・・・
何に対して手一杯がったのか知りませんが、
それよりも二の次・三の次に後回ししたい
ことだったのかもしれませんね一番氏にとって、
ま、そこは個人の自由かもしれませんが・・・
そんな余裕もないほどに、ブラック労働・活動される
ご高齢者さんもまた珍しいですが、そのわりには
各教団の祭典・行事には怠りなく参加されて
おられるようですね。
後継ぎの件に関しては、
これ以上は存じないとのことで
返答されるまでの間ご自身でお調べになったり、
まぁ、他者に意見・相談してでも別にいいのですが、
あなたが現時点で後継者論に関して限界なら
仕方無いですけど、ここで端を発したのは他ならない
一番氏ですし、もっと追随すればあなたにそう吹き込んだ
その講師だと思いますから、
正統後継者談については一部は初耳の信者もいるようですし、
子供の悪戯の書き込みですむような話でないと思えますから、
御二人には最後まで説明する責任は引き続きあると思えます。
秀勉とやらで何語るのか知りませんけど、
記録があるならあるで教団も公式発表されんことを
期待しますし、他の方に協力して貰いこの掲示板に掲載したり、
秀勉の内容の動画のアップとかもいいですしね。
ああ、勿論ですが記録は記録でも信用できる記録ですよ
講座も、誰もが見ても納得・信用できるほどの・・・
それでは各祭典・講座・行事に
全てフルに参加できるといいですね!
隙もないほどにお忙しいようなので、
それだけの数のイベント出られるのは
まぁそれでこそ奇跡なのかもしれませんね。
いかんせんご高齢の身、御身体壊されないように。
今後の秀明と一番氏の動向に皆様、乞うご期待!
では以上です、失礼いたします。
Re: 二日目突入 - 一番
2026/09/06 (Sun) 10:52:33
忙しく掲示板見てませんでした。
>後継ぎの件、
これ以上は知りません。答えられない。
秀明講座であったんですね。
成程、
秀明で、記録があるんえしょう。
ご存知の方は投稿ねがう。
昨日いづのめの月次祭で、今日は新健康協会の感謝日で御尊影に参拝、今至誠殿で待機中です。
明日は秀明の月次祭ですね。楽しみです。
以上です。
二日目突入 - ●●●
2026/09/06 (Sun) 07:18:43
おはようございます、一番氏。
二日経ってもお返事頂いておりまでん、
もしかして休日でいらっしゃいましたか?
御身体壊されてもいけませんので無理は求めませんが、
はい・いいえの二択で済むことかと思います。
閉店時間の迫ったスーパーのお惣菜・お弁当と
よく似ていて、日増しに1割・2割・3割・4割・半額・・・と、
肝心なものがそれだけ下がっていきますので、
兎角早めの返答を望んでやみません。
笑止な - w
2026/09/05 (Sat) 19:17:35
>>後を継がないかとのお言葉は、秀明講座に皆出席すれば、分かりますよ。
そこで後継者論を発言した張本人とかが姿を現し、
責任もって説明してくれるのだろうな、さぞ。
同時に匿名とはいえ大衆の集う掲示板に確定・不確定かしらんが、
争いの火種になりかねんコメントを迂闊に書き込んだ
当事者でもある老信者も、教団内の誰で?どこの者か?
教団としての示しを見せてくれるのか、実に楽しみ。
そりゃ、対立教団・敵対勢力の皆さん方も行く価値ありそうだな。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 秀明会信者です。
2026/09/05 (Sat) 16:58:53
後を継がないかとのお言葉は、秀明講座に皆出席すれば、分かりますよ。
1日経過 - ●●●
2026/09/05 (Sat) 07:41:40
おはようございます、一番氏
昨日頂けなかったお返事、
今日こそは頂けると是非、お待ちしております。
Re: 講師から聞いた当時 - ●●●
2026/09/04 (Fri) 21:41:54
どうやら今日のところはお返事は頂けなさそうですね、
明日以降も是非、お待ちしておりますので。
話題を自分の好きな方へ向けさせるのも自由ですが、
折角なのですから、
皆が興味のあるトークをされた方がいいですよ、
その方が掲示板も盛り上がりますよ!
先にも言いましたが、
こういう場合は時間が経てば経つほど損かと思いますので、
あまり返事が遅いのは非推奨なので、ご注意ください
それでは、おやすみなさい。
講師から聞いた当時 - ●●●
2026/09/04 (Fri) 12:43:22
一番氏
ご返答どうも、
よろしければ、もう一点。
その講師からの正統な後継者談を聞かされた当時、
あなただけにそう話したのですか?他の信者さんは
ここの掲示板に書かれるまで知らずに。
よろしければ、ご返答願います。
Re: 一般の信者とは? - 一番
2026/09/04 (Fri) 12:02:11
階級制度の意味がよく分かりませんが、会長その下の 支部長、明教師、助教師、世話人 準世話人、
階級と言うか 役柄と言うか、
あまり詳しくは知りません、
話は変わって、昭和29年10月9日曇り
「午前中 明主様は、樋口氏をお呼びになり お側奉仕より下がるように ご命じになられる。
昼間 ご龍三郎の「柿とりんご」を御覧遊ばされ、2室に陳列のご指示を遊ばす。
明主様は原氏を呼ばれ 『2時過ぎ頃 光明台へ出かける その折、井上の家の前を通るので知らせておけ』とのご指示があ、 原氏は急ぎ 井上宅へ連絡をする。 井上茂登吉氏は熱海へ出かけて留守であったため、達江夫人は急ぎ掃除に勤める。
午後2時過ぎ 明主様様は美術館本館の裏道を通りになり、光明台へお出まし遊ばす。そのお帰りに 井上宅の前を通り 遊ばす。
玄関前にて達江、貴保子親子がお迎え申し上げ、ご浄霊を給る。
達江夫人はそれまで歯痛にずっと悩み苦しんでいたが、明主様のご浄霊によりその痛みが取れる。
しかも その後、煙撻のふとん直しをしている間に、血膿が出、全身爽快となる。
また娘の貴保子は翌朝起きると、「お父さん帰ってきた?」と尋ねる。どうしたのと達江夫人が尋ねると「明主様がご神前で、お父さんをお浄めいただいた夢を見た」という。
(井上)(後略)
とありますが、大変書きづらいことでありますが、以前貴保子さんは箱根の奥城津でお会いし、お話をし神仙郷を案内していただいた縁があり、写真まで撮っていただいた人だからお気の毒だと思いますが、
最近、傍観者さんの投稿で、貴保子さんの家が火事で焼けて、 お亡くなりになったと書いてありましたね。
これだけ明主様にご縁があるのに、最後の審判の浄化は大変厳しいと、お見せいただいたような気がします。
一般の信者とは? - ●●●
2026/09/04 (Fri) 10:32:02
おはようございます、
一番氏、誤解のないようにお伝えしておきますが、
その講師(小山という)があなたに後継者云々と教えたとのことですが、私は現段階では完全肯・否定はできません、
こちらから見て確かなるものを把握できませんので。
他教団(本家・救世教やもう一方のメシア教)らが、
そう聞いて今どう思っているか?とは思いますが。
ところで話変わりますが?
その一般の信者の意味がいまひとつよくわかりませんが?
秀明には階級制度があるのですか?
信者でもそのような構造が、
かなり古株の信者とお見受けしますけど。
差し支えなければ、お答え願います。
予め言っておきますが、
別にそれらに対しても特段否定するつもりはありませんので。
Re: 納得いかない氏へ - 一番
2026/09/03 (Thu) 12:58:38
嘘じゃないですよ
あなたも 極端ですね
おそらくそういう説明があったんでしょう
記録もあるかもしれない。僕は一般の信者だから知らなかっただけで
だから 断言はできない。
しかし神慈秀明会はそこはきっちりとしているから、ほぼ
間違いないとは思いますが、またこういうことは公には言えません
誤解されるし。
神事秀明会は 離脱をして立派に会主様を手本に発展しているから これが御心だろうと みんなわかってますからね。
極端に白黒決めたらいかんですね。
私は講師が言ったことをそのまま私も初めて聞いたから伝えただけで
それがここまで言われるとは。
それは救世主のことを語るんだから大変なことであるとは思いますが、
納得いかない氏へ - ●●●
2026/09/03 (Thu) 10:35:32
>>要は秀勉講師の話はウソですか。 秀明信者は会主様を後継者だと信じている、信じるように妄信させている。
世間ではそれを詐欺とみなされこともあります、
事実であればですが。
>>厳しいことも書きましたが今までは今までとして 本当にみ教えを守れる信仰者にお互いになっていきましょう。 嘘や矛盾だらけでは一番さんを信じてくれる方がいなくなりますよ。
そうですが残念ながら既に時遅し、
手遅れです、あくまで私見ですが。
しかし、氏の仰る通りでこの掲示板の閲覧者の方々に対しては、
一番氏が釈明できるなら、するべき義務と責任は確かにおありかと。
ということで一番氏、早々に納得いかない氏及び
閲覧・関係者の皆様方に
釈明のコメントを早急にされんことを推奨します。
あまり時間が経過し過ぎますと、
それだけ不信感が更に募りますのでご注意を。
自信と正しきがあるのなら、
躊躇うことなく即答できるでしょうから、
余計なお世話かもしれませんが。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 納得いかない
2026/09/03 (Thu) 09:51:36
>神慈秀明会の信者は これは信者じゃないとわからんでしょうね。説明責任とか、そんなものはいらんでしょう。
私は小山先生を信じてるから、そういう人の集まりだから、あの先生の 誠は 私は他の教団の先生方も知っていますが、特別ですね。
要は秀勉講師の話はウソですか。
秀明信者は会主様を後継者だと信じている、信じるように妄信させている。
ロデール研究所の件ではトモさん説明を求めておきながら
信者に対してはいらないでしょうけどここの掲示板のみなさんには説明してもらわないといけないのでは。
中島先生、渋井先生もご存じなのですね。
失礼ながら一番さん虚言癖がありますか?
苦しくなると嘘をつく。それは良くないというみ教えはご存じですか。
秀明はみ教えを守るという方もいますけど小乗信仰といい守れているのかと思います。
厳しいことも書きましたが今までは今までとして
本当にみ教えを守れる信仰者にお互いになっていきましょう。
嘘や矛盾だらけでは一番さんを信じてくれる方がいなくなりますよ。
それと秀明が、会主様の指導が正しいというなら
もっと(無理や自己犠牲はなしで)参拝、拝読、奉仕、お導き、献金など積極的にされないのですか。
だから「何しに来た」になるのでは。
こういうと秀明は絶対だと思ってないとおっしゃるのかもしれませんが。
お互いに頑張っていきましょうよ!
説明責任が不要? - ●●●
2026/09/03 (Thu) 05:51:50
>>突く、というのは夜の世界のやり方
どう思うかはそれも各々の自由ですが、
私だからこの程度で済んでて命拾いしてますけどね、ある意味。
何しろ◯◯の◯◯◯は持ち合わせていませんので生憎と、
止むを得ずそれに模しているといっただけです。
それでこそ持っている者が来たら今頃は・・・といったとこですが、
このレベルで済んないでしょうよ、とてもでないが。
明主様も在世中はジャーナリスト等多方面から、
あれこれ突っ込まれたが平然と返答されていた。
随分と小山氏に依存してるみたいですが、
どうも上層部にはうだつが上がらないようで、
そういう人でなくそういう身魂の溜まり場なんでしょ、
特別でなく特定としたほうがよさそうですが。
私はまだその器じゃないって、失礼ながら今何歳でしたか?
文面見る限り、教団を持ち上げてばかりで信者となって内部者にならないとわからないだの、
それで外部の者に理解されるのは難しいだの、
信者以外の世間一般にどうしろと?
印象操作の感がしなくもないですが。
自分達だけでしか共感できない、
だから外部には理解され難いって
嘗て同じ様なこと主張する教団見ましたけど、
これ下手するとカルトの基本的な典型例ですよ?
私ならその講師に責任もって説明させているでしょうが、
幸い被害とかは受けたわけではありませんから
この辺で留めてあげますけど。
ハナからあまり期待はしてませんでしたが
やはり誑惑されていると見える、
案の定ご垂示録もまともに読めてなさそうだな、
本人含め教団そのもの益々不信感を買いましたね。
ただでさえ、これまで幼稚で落書き・塗り絵のような
失言・暴論を毎日のようにポロポロと書き込んでは、
それに関して殆ど責任とらず詫びの一言もなく、
ただ逃げるだけのあんたの投稿記事を、
今後見て信用してくれる、
特に一般・未信者がいったいどれだけいるのか? w
お手並み拝見といかせてもらいます。
Re: 確かに不思議ですが・・・ - 一番
2026/09/03 (Thu) 02:03:26
神慈秀明会の信者は これは信者じゃないとわからんでしょうね。説明責任とか、そんなものはいらんでしょう。
私は小山先生を信じてるから、そういう人の集まりだから、
あの先生の 誠は 私は他の教団の先生方も知っていますが、
特別ですね。
>雨宝童子、出してきた際そうですが、
神慈秀明会の流れの中で、出てきたものを切り取って出しているから、そんな風に見えると思いますが、
教団の流れですね、中から見たらちゃんと理屈が通っている。
これを外部の人に説明はなかなか厳しい。
その立場に立たないと見えないものがある。
懇切丁寧に説明したいが まだ私はその器じゃない。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し
2026/09/02 (Wed) 23:58:39
突っ込む->突く、というのは夜の世界のやり方、と御教えにありますけどね。
名無し氏へ - ●●●
2026/09/02 (Wed) 18:13:22
少しでもおかしいと思ったら躊躇わず突っ込むことです、
自分が正しいのなら動じることなく平然と問答できる筈ですから。
表面的なものにとらわれ過ぎず、真に受け過ぎず、です。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し
2026/09/02 (Wed) 15:25:29
今の状態は言ったもん勝ち、書いたもん勝ちになってて、ますます本当のことがわからなくなってますね。
確かに不思議ですが・・・ - ●●●
2026/09/02 (Wed) 12:14:00
>>今年で入ってからですかね 講師がちらっと話しただけなんです、 だから こういうこともおっしゃったのかもしれませんが
その講師に信者達の眼前で説明責任果たさせるべきでは?
以前も雨宝童子を出してきた際もそうですが、
何故今頃になってなのか? 今それをする必要性は?
その確かなる根拠は?
また、それが教団全体としての公式な発言ならば、
何という名の講師なのか?信用に関わることです。
講師という立場上、いぃ加減な発言(公言)・行動されたのなら、
到底許されることではないでしょう。
そういうところをしっかりと、検証かねて書き込んだ方がいいです。
Re: Re: 不明瞭な帰天 - 一番
2026/09/02 (Wed) 10:55:17
また神慈秀明会の中で会主様が 後継ぎを言われたなどということは一切言われてませんね。
ただ 本当に不思議なことですが、初めて 私もこの前秀明勉強会、今年で入ってからですかね 講師がちらっと話しただけなんです、 だから こういうこともおっしゃったのかもしれませんが、
後を継がないかは、
これは誰も知らな。
Re: 不明瞭な帰天 - 一番
2026/09/02 (Wed) 10:38:54
>安易に飯屋様のご意向を想像して書く もんじゃない。
確かに 説明不足でしたね。
昭和29年の12月14日 晴れ
「午後12時30分、明主様は瑞雲郷へお出ましになり、水晶殿でお過ごし 遊ばす。
この日明主様は長谷川ツタ氏に、『アメリカ行きが早くなった。お前には神様がついて行くから、身体だけ行けば良い』と仰せられ、教団へ渡航手続きを急ぐよう 御命じ遊ばす。
また長谷川氏に、『お前は来たい時にいつでも来い』との言葉を給り、御浄霊をいただく。
『今までは考えてものをするということもあったが、メシヤとなってからは全くそれがなくなった。』
『メシヤの都合で予定が急に変更することがあり、まるで分からぬ。』と仰せられる。(長谷川)
長谷川ツタ氏は英語の勉強を始める。
※しかし、アメリカへの宣教は、一部の役員に握(にぎ)り潰(つぶ)された模様だという。
午後6時、明主様のご体調がよろしいご様子で部屋へ入って来られる時、奥様が「病気は良くなったんですよ」 と話されながら、お出ましになられる。
今日は「光琳派画集」1編、2編をご覧遊ばれ、『いいね。こんなものもあるんだね。これはうちにある。光琳はうまい。実に光琳のものは垢抜(あかぬけ)けている。』などと会話を交わされる。」
とあり、長谷川氏のアメリカ宣教は一部の役員に握(にぎ
)りつぶされるとあります。
裏では色々あったんでしょう。また琳派を褒められてます。琳派の祖、
尾形光琳は前世だとおっしゃってます、
そして メシヤとなってから、以前のように考えて行動する事が無くなったとおっしゃってます。
ここも 想像で書くから 叱られるかもしれませんが、
考えて行動するのも、神様がなされていた、それ以上メシヤになられてから、考えない、流れに身を任された。
不明瞭な帰天 - ●●●
2026/09/01 (Tue) 12:35:31
安易に憶測の段階で主神のご意思という発言も推奨しません。
>>後継者はお決めにならなかったが、そういう人物が見えてくるだろうとお考えになった。
それが小山氏だと? そう思うのは各々の自由ですが。
小山氏も分裂前から教団内で疎まれていたとも聞いてますけどね、真説・異説が何かと飛び交うので今のところ何ともですが。
明主様が天命を知っていたかも勿論不明、
ただ予定ではもっと長生きされる筈だった、
随分と前倒しして帰天されている。
本家では一応に妻を後継者らしき者として促し、
一方では密かに京都に赴く際に、現在の秀明に立ち寄って
小山氏と密会し後継者に選定したり、
いずれも帰天される僅かな期間でのことのようだが?
明主様の帰天される間際に関しては、
どうもイマイチ不明瞭な印象を受けるな。
Re: 推載? - 一番
2026/09/01 (Tue) 10:06:04
明主様は
神人合一 のお方だから全て 神ながらを体現された。
ですから 後継者も作られずに神様が目の前で起こってくることを素直にその通りに従われた。
それで 奥様に対しては本当は不審に思われていたと思いますね奥様に対しては不心に思われてたと思いますね、
大本を信じたら不幸になると、判っておられたけど、黙ってみておられましたね。
神であり 人であられた。
だからこの女は信用できないと思われましたが、何か 深い考えがあられるんだろうと、流れに身を任された。
そして ご自分は後継者は大きめになられなかったがそういう人物が見えてくるだろうとお考えになった、
しかし ご自分の命がもうそろそろ終わるということを悟られて、思わず 状況から見て この人に世話になるとおっしゃったと思います。
そして今の現状ですね。建築後を楽しみにされていた メシヤ会館は通年後に取り壊されますね。教団は 離脱者が出て 本家も分裂しました。
これが大神様の御意思なんでしょうね。
推載? - ●●●
2026/09/01 (Tue) 01:33:23
>>明主様が広場にお出ましになる前、急に空が曇り 竜巻が起こった。竜巻は4分くらいで消えたが、その後 霧が降った。
釈迦も悟りを開いた時だったか、その時に天から甘露が降ったとか語り継がれてるが、偉大さを強く印象付ける意図として、
後世の者が大袈裟に書き足して伝えたのだろうと、
仏教の講師が言うてたわ。
>>明主は長谷川氏を台にして、『今にみんな この人(奥様のことを指さされる)の世話になるよ』と仰せになられる。また『これからあなた方の世が来ますよ』と仰せられる。(長谷川)」 これが御昇天になる ひと月前のお言葉ですね。 これが 二代推戴の理由なのでしょうね。
で?それを真に受けろと? ご垂示録読んだことあるの?
自分が自らの手で地上天国を完成させると豪語してるのだから、
弟子や後継者なんか不要やん。
寧ろ作れなくなってしまったのかな?在世中の頃から、
そしてそれが二代とやらの以降、益々、停滞が続いている。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - .
2026/08/31 (Mon) 13:07:52
一番さんは
渋井先生と小山先生の違いは何だと思われますか?
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/31 (Mon) 11:19:40
昭和30年 6月12日じゃなく、昭和29年ですね。お詫びして訂正いたします 度々すいません。
あ、そう - ●●●
2026/08/31 (Mon) 10:55:23
大本信者もそうだったのかもしれんが、
それ以上に救い難そうなのもいるようだな。
自分の女房を推してるのかいないのか?ようわからん。
で、それが秀明の小山と言ったか?
それが何で赤の他人に進路変更して
白羽の矢がとんだんだ?
当時の大本教で救えなかったとして、
明主様在世中の救世教なら、まぁできたのだろうな。
あくまで当時ならですが、当時なら。
Re: Re: 一世一代 - 一番
2026/08/31 (Mon) 10:27:13
前文の長谷川はつた氏は、つたに、明主は様が抜けていました。
お詫びして訂正いたします。
明主様は
奥様が大本教を信仰されている。大本教では救われない奥様を見ればわかるとおっしゃってますね。
メシヤ降誕仮祝典の2日前に、これを無視するように 無断でキャデラックで出かけられるんですから、
昭和30年 6月12日 晴れ
「御昼食後、午後1時 明主様は中屋にお出ましになられる。午後4時 中谷より 瑞雲郷へお出ましになられる。
その車中 『天の岩戸開きが終わった』と仰せになられる。メシヤ会館の建設状況をご視察あそばされ、碧雲荘へお戻りになられる。(お供は樋口、利見)
この日 奥様はキャデラックで吉住小二郎氏と東京へお出かけになる。奥様がご帰宅されると、
明主様は夜、『夫婦の縁を切る』と仰せになられる。
その理由は、1、明主様専用の車を私用で使用したこと。2、奥様がまだ大本教信仰を続けていることである。
すなわち 明主様には非常にお厳しく『寸毫(すんごう)も間違いは許せない』仰せになられる。また
これは昭和10年 立教された年2月10日の
岡庭真次郎日記に「大先生のお言葉によれば『大本信者が一番 救われない事は明白な事実だ。内の奥さんを見れば明らかだ』とのお言葉で、実にお気の毒な事である。
実に神様を信じる団隊にして、真の神様や大先生に反抗する事によってであります。」
奥様は明主様に反抗していると、岡庭先生は書いているんですね。
これを明主様はご神意だとお感じになられ、任せてお
られたのだろうと思うんです。
それがメシヤ降誕仮祝典、2日前大変な 緊張もなされていたと想像されるんですが、
奥様は
ノー天気に歌会に行かれるんですから、『縁を切る』堪忍袋の緒が切れたとはこの事ではないでしょうか。
Re: 一世一代 - 一番
2026/08/31 (Mon) 09:42:15
昭和30年1月6日 曇りのち 雪
「長谷川はつた氏は数人の方と一緒に、水晶殿において 明主様にご面会をお許しいただく。
ちょうど 明主様が広場にお出ましになる前、急に空が曇り 竜巻が起こった。竜巻は4分くらいで消えたが、その後 霧が降った。明主は長谷川氏を台にして、『今にみんな この人(奥様のことを指さされる)の世話になるよ』と仰せになられる。また『これからあなた方の世が来ますよ』と仰せられる。(長谷川)」
これが御昇天になる ひと月前のお言葉ですね。
これが 二代推戴の理由なのでしょうね。
一世一代 - ●●●
2026/08/30 (Sun) 11:26:28
よくわからんが、
二代とされる岡田茂吉の妻に、
そもそもカリスマ性・神智を超えたものがあったのか?
後継者の世襲の流れがここから来ているようだが・・・
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/30 (Sun) 10:55:46
昭和29年6月13日 曇り
「午前1時 奥様は 東山荘へ向かわれる。大草管長と木原理事長は東山荘へ赴き、奥様にお目通りをされ、明主様のご意向をお話しされる。
奥様はご納得になり、お車の使用について お詫びをされるとともに、大本教信仰をやめて常に 明主様のおそばに待ることお約束になり、朝方 碧雲荘へお戻りになられる。
奥様は早速、大本教の教師を呼ばれ、大本教関係の出版物 一切をリヤカーに積ませお渡しになった。」
(メシヤ降誕仮祝典、2日前ですね。
その時のことを 木原元理事長は「教長様お導き集」
で「奥様は昭和29年6月13日、に言う事をお聞きにならんので、しかもあの時 長唄の会か何かあって、東京へキャデラックという明主様のお車を黙って乗ってお出かけになった。
明主様は非常にお腹立ちになって、『絶対許さん』という事まであったのです。その時はおそばにおった人たちも、ずいぶん 心配して、お叱りいただいたりして、その時何なくお詫び申し上げて済んだ事は、私が行って奥様に色々お話してあげ、もし 聞かれなかったら あれこれ言うつもりであった。
その時には『離縁する』というお言葉が出ている以上はやれるのです。出て行かないと明主様の奥様なんだから何か申し上げた時に、たとえ理屈があっても明主様がちょっと来いと仰っしゃったら、それは申し訳はできませんよ。
『わしの女房に、あんたらいらん事じゃないか』と言われれば 私はお詫び申し上げる他 何も言えんのです。
その時何んか、いとも鮮やかなものです。
「私は今まで ずいぶん先生(明主様)のためと思ってやってきたのに、こんな情けない事を言われた、どうすればいいかわからん」、「あんな事ちっとも情けないことじゃないですよ。
大本の神様を、*あなたはお祭りになっている、そんな理屈に合わん事はない。私は今まで申し上げようと思っていましたが今日は申し上げます。」私は言った。
そしたら その時は素直だったんですよ。
お返しになってお詫びなされば、お許しになるに決まっておりますよ」と申しますと、奥様は 「木原さんいいでしょうか? 」と言われるから、「何もご心配いりませんよ、いかならん 罪も許させ、いかならん罪も 咎(とが)むる、天土の神と、神様がお仰っしゃったのですよ。」と言った。使いの人が行ったら、
明主様は『うんそうか、そんなら よしよし』と簡単にお許しになった。
それは御神業なのだから、そういう事を色々考えてみますと私たちに 明主様は何と仰っしゃったかと言いますと、『私は私の命に関わらんならば、何でも許す』とおっしゃっている。
そうすると、キャデラックに乗ってお出になった事
は、たったそれだけと思っているが、明主様のお生命に関わる事です。
ところが 奥様は「返せばいいでしょう」と言われたが、気持ちの中からお返しにならなかったのです。
「そんならお詫びします」と何かしらのおかしな お詫び だったけど お詫びされてその日は済んだのです。」
と書いてありますね。よく当時の状況が分かります。)
曇りガラス・傍観者氏へ - メ
2026/08/29 (Sat) 12:38:47
おわかり頂けた?
もう骨が折れるだけだから、
馬の耳になんとやら・・・です。
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/29 (Sat) 09:45:08
登録やここは 討論ですね。
最後の木原 理事長 これは 消し忘れです。
すみません スマホを変えたら 修正が効かなくなった。
会社様 これは 会主様ですね。
迷惑をかけます。
それで九州福岡の中央区にある料亭 萩宮(はぎのみや)山荘ここに来られる予定だったようです。今はその建物はありません、隣の成就院 という寺は残ってますね。
私は今から30年ぐらい前
タクシー運転手をやってるころ、よく無線で元萩宮山荘前と住所が出てました。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/29 (Sat) 09:32:48
曇りガラス さん
貴重なご意見ありがとうございます、、確かに 断片的に個人の判断で投稿したら、偏ることがあります。
しかしここは 研究する、色々な考えや思いをぶつける 登録する場であると個人的に思うんです、
あなたの言わんすることは理解できます
難しい、まだまだ勉強している立場だから、 いたらぬところはお許しください。
だんだんと形になっていくものと考えます。
それで話は変わるんですが、
御昇天される2週間ほど前ですか、神慈秀明会堂 会社様とご御面会されたと記録ありますが、
その頃はお体も調子が良くて 4月には京都に行きたいとおっしゃったと記録されてますね。
これは京都に当時秀明教会がありましたから、お忍びで立ち寄られたこともありますね。
そこに関連しているかどうかは分かりませんが、
それで九州にも行くとおっしゃっていたと、新健康協会の先生からお聞きしたことがありました。当時の 木原理事長におっしゃたのか、場所料亭、絨毯の色まで決まっていたそうです。
今その建物はありません、途中で御昇天されましたから。
当時 木原 理事長
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 曇りガラス
2026/08/29 (Sat) 02:15:06
一番さん
今まで教団に関することでいろんな誤解や間違いが生まれてきた原因の一つに、物事を詳らかにしなかったということがあると思うのです。
もちろんその時の状況によって公にできないことが多々あるのは当然ですが。
とはいえ今までもネット上で非公式の記録の断片がポロポロ出てきていた。非公式だし根拠や出典がはっきりしない、つまり真偽がわからないまま、断片的な情報だけが一人歩きしてしまう。例えばお言葉一つにしても、どのような文脈で、どういう状況で、誰に対してのお言葉か、その後の流れはどうだったか、などによって全く意味が違うものだと思います。
失礼な言い方で申し訳ないですが、勿体ぶって自分の気のままに一部分だけ情報を小出しにするのはむしろおやめになったほうが良い。人というものはよほど気をつけていないとどうしても物事を鵜呑みにしがちですし、断片的な情報に勝手に自分独自の解釈を付けて膨らましてしまうものです。それが拡散され、ますます真実がわからなくなってしまう。文章としてきちんとまとめられたものがあるなら、それを全体として出すべきです。その後でさえ、書かれていることの検証はされなければならないのはもちろんです。とにかく断片だけでは話になりません。水晶世界とは程遠いやり方です。
しょうがないから - ああ
2026/08/28 (Fri) 14:23:11
>>やはり人間だから
そりゃさぞ苦労されたことでしょう、今も昔も変わらず。
青年・商人時代の頃はあったのかもしれんが、
開教後の教主としての在世中に自殺意識があったのか?
まぁ、ここの掲示板ひとつ見てるだけで苦労ぶりが目に見えてくるかのようによくわかるので、はたして?ですが。
しかし、大宮署の拷問のような取調で危うく下手をすれば
障害者になりかねない腰椎粉砕の寸前まで陥ったり、
脱税問題・強請や他教団の妨害に遭う等、
本人も昔の政治家のように爆弾を投げ込まれても、
毅然として立ち向かえるくらいの度胸がないと政治の大舞台ではリーダーシップがとれないと豪語されているくらい、
辛酸を舐めん程の苦労に耐え突破できんようでは、
到底メシヤとしては務まらんでしょうよ。
現在の分裂した派生団体含め各教団の教主・長・代表達に、
はたしてそこまでの真剣に腹くくった覚悟と本気があるのかはしりませんけど・・・
もちろん基本は信者に甘えず助けられることもなく、
・・・殊更に金銭面等では。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/28 (Fri) 12:28:41
今回 「奉仕者を囲んで」の全編を入手して一番見たかったのが、明烏どあほさんも ここは 省略してましたね。
「昭和30年 1月11日晴れ
明主様は水晶殿、(20分くらい)、メシヤ会館へお出まし遊ばす。
その後 水晶殿にお移り遊ばされ、長谷川ナミ、内藤らくの両氏にご面会を許される。
明主様は 阿部執事に『長谷川は、本人は知らないが素晴らしい神様が使っている』と仰せられる。
また長谷川に対し『お前もこれから 神秘なことが色々起こるだろう』と仰せられる。
また明主様はメシヤとなられてからの苦労は、大変なものであることをお話になられ、
『何遍も自殺しようと思ったことがある』と御述懐遊ばされる。(長谷川)(後略)」
あります。やっぱり人間でもあられるから、大変なことなんでしょうね。
おお、そうか! - メ
2026/08/28 (Fri) 10:15:30
>>つい言っちゃいますね。 なんか また 言い出しそう。
言うなと言われたら言いたくなるんですね。
なら、一掃のこと同様に教団・組織の内部情報や闇なることも、
禁を破ってまで全て言って貰おうじゃないか?暴露という形でな!
あったとしたならばだがな、折角なんだから勿体ぶらず。
期待しているよ、皆さん今後は是非ともご注目を!
お手並み拝見といきましょう。
>>私もあまのじゃく の性格があるからまだまだ甘いね。
知らんが、そんなのに浄霊とやらができて?
して大丈夫?受けた者にも影響ないのか?
Re: 「奉仕者を囲んで」 - ■■■
2026/08/27 (Thu) 18:59:06
>今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、
これは検証したほうが良いですね。
玉男会長の伊勢神宮参拝の件もありますし。
いったい(教団が)どなたに聞かれたことなのでしょうか?
唐突に今更このような情報が出てくるのも???まるでこの掲示板を見ている職員が権威づけ神聖化のために発信したものと思われても仕方がありませんね。
>これは 記録には書けないでしょうね。
無いから書けないのでしょう。
一番さんも人には見せなれないようなことを言っておいて
先生からいただいたこの文章を許可なく都合の良いところだけを投稿しているのかもしれないですよね。偏向報道ならぬ偏向投稿です。
もともと偏っているのでしょうけれど。
今回のことも離脱の真意とやらも検証が必要でしょう。
誑惑は凄いな - w
2026/08/26 (Wed) 21:17:15
>>世界救世教 今全信徒とは 45万人 、神慈秀明会35万人
まぁ、真に救われる者はその内のホンの一握りの者なんやろぉなぁ。ここの掲示板ではそれらしき者を見たことないかな。
>>御昇天2週間前に会主様とご面会されたんですね。それが記録に残っている。 すごいな。
追伸、 今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、 これは 記録には書けないでしょうね。
どう足掻いても会主とやらを神格化させたいようで、
どこまても秀明推ししたいんですね。
自分の代で天国作るってあれほど豪語してんのに、
何で後継者がわざわざ要るの?
記録が残ってたとして疑いもせず真に受けるの?
どんな勉強会で講師が知らんがアテにして大丈夫?
記録に書けないって、後世の誰かが勝手に後付けした可能性もゼロで無いよ?
夜の中には何かと捏造・偽造・隠蔽・欺瞞が付きものだよ?
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/26 (Wed) 13:10:59
昨日 宗教問題の YouTube を見たんですが 世界救世教 真光、神慈秀明会を比較すること 言ってましたね。
世界救世教 今全信徒とは 45万人 、神慈秀明会35万人、
正確な数かは 分かりませんが そう言ってました。
秀明も大きくなりましたね。
さて [奉仕者を囲んで]の日記の中で
「昭和29年7月26日 晴れ、
メシヤ様は『現実の破壊と想像は日々 世界各地において行われている。
将来 腰を抜かすような大きな経綸が行われる時、
天地上下はひっくり返るのである。
その時のために少しでも 徳を積み、美しき行いをしておかねばならない。
天池はひっくり返るほどの 大浄化が起きた時は、信者でも残るのは2割くらいは難しいであろう。
しかし 本当に改心し全徳を積めば、その大峠もやすやす 越せるのである。
昭和29年6月15日から 本当の世界歴史が始まったのである。』
と仰せられる。
とありますね。今の世界情勢を見たら これは 今ですね。
それと この日記の中に 昭和30年1月27日晴れ
「明主様は奥様に『体もだいぶ良くなり、車もだんだんと 長く乗れるようになってきているので、4月には京都へ出かけよう』と仰せられる。
午後 名主様は 水晶殿にお出ましになられた折、
小山美秀子氏(秀明教会長)にご面会をお許しになられる。
その時のご様子を次のように語っている。
明主様はおお側奉仕者から、左右を抱きかかえられるようにされて、お出ましになられたが、お足がご不自由のようにお見受けしました。その時明主様は『今に浄霊するようになる。 そうすれば1000人だろうと1万人だろうと たちまちお蔭がいただける』と仰せになられる。(後略)」
とありますが、御昇天2週間前に会主様とご面会されたんですね。それが記録に残っている。
すごいな。
追伸、
今年 秀勉で講師から聞いたのが、会主様に後を継がないかとお話しされたとあると、言ってましたが、
これは 記録には書けないでしょうね。
しかし現実に 今の世界救世教に 信者数では追いついていますね。
Re: そうそう - 一番
2026/08/26 (Wed) 12:38:28
そうそうさん。御指摘ありがとうございます。
確かにねそういうこと言えるのは分かった人ですよね。
まあ 開き直りじゃないけど、
つい言っちゃいますね。
なんか また 言い出しそう。
言うなと言われたら言いたくなるんですね。
私もあまのじゃく の性格があるからまだまだ甘いね。
そうそう - w
2026/08/26 (Wed) 10:11:34
>>「犯人は。。。」などと軽率な表現は慎まれた方が良いと思います。
あと、半端者が容易にやれ悪魔・邪神等という表現もね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し
2026/08/26 (Wed) 09:46:48
「犯人は。。。」などと軽率な表現は慎まれた方が良いと思います。
何年も前ですが箱根に参拝した知人がそこでも日之出観音様を拝見したと言っていました。
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/25 (Tue) 18:16:02
すみません 訂正仕方がわからないので 書き直しました。
「これも 以前書きましたけど、20年以上前ですね。
鹿児島の東方の光の友人から連れられて主の光教団へ伺いました。そこに ご神体の横に、特別にお祀りされていたのが 日の出観音 だったですね。
信者がおかげをいただいているとか責任者が話してましたが、
地元に戻り、地元の主の光を訪ねたら、ここにもお祭りされてたので、このお軸は信者に下付されていると言ってました。値段とサイズも話してましたね。詳しくは覚えてませんが、
石坂先生の書かれたものに書いてあるんですね。
神慈秀明会の 書かれたものにあるのである 同じなら 犯人は主の光関係者かもしれません これは分かりませんが、
それでこれは「izunome」1997年 秋 34号、に明主様の御車平安郷にお目見え
として紹介してますね 。スカイブルー、昭和27年から御昇天されるまでご使用された。
その後 38年廃車となり、行方不明になったと書いたもの見た記憶があるんですが、
一元化の後離脱した救世神教により、保存されていたと書いてますね。
救世神教からお借りしたと書いてます、
色々あったんですね。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/25 (Tue) 17:48:50
これも 以前 書きましたけど、経堂 私がやっぱり20年以上前 ですね 鹿児島に友人のところに伺ったら彼がそのひかり教壇に連れて行きました そこにお祀りしちゃったのが 日の出観音ですね それですごいおかげを頂いているという責任者の話を聞いて、後に地元に戻り 地元の その光でそこに お祭りしてある日の出観音を拝してそしてこれが信者に隠されていると値段も言ってましたね
そのいきさつなんか考えてみませんでしたが 今回 名無しさんが 石坂先生の本にそのことが少し書いてあるとあり なるほど 点と点がつながりましたね。
当時 何者かに盗まれたというのはその光 関係者なのかもしれませんね。もちろん 断定はできませんが、
これも イツ゚ノメ誌に、カラー写真で 明主様の行方不明になっていたキャデラックを離脱教団が所有していて、それをお借りしたと書いてありましたね。平安郷の記念の祭典で展示されたんですか、
ご昇天後のどさくさに紛れて 色々あったんですね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 名無し
2026/08/24 (Mon) 23:56:14
>その5月過ぎに熱海の救世会館に祀ってあった御神体と、明主様のお写真が何者かの手によって、盗まれるという大事件が起こったのです。
またその直後 箱根日光殿にご奉斎の御神体、すなわち明主様ご真筆の十一面千手観音のお姿が刃物で切り刻まれ、しかも 裏庭で燃やされてしまった。
とも発表されました。
とのことですが、神慈秀明で正式にこう言われているのは知りませんでした。
十一面観音様が燃やされてしまったとすると、もう一つの盗まれてしまった御神体というのは日之出観音様のはずだと思いますが(石坂先生の本に確かそうありました)、それがどういう経緯で護持(主の光)から20年くらい前ですか、御下付されることになったのですか?
どうでもええわ - 実に笑止な
2026/08/24 (Mon) 21:24:46
>>どこの所属ですか?
何で相手の所属がどこだとかそうも拘るの?
世界中の人がここ見てたとしたらそんなのいろいろだし、
まるでいかがわしいことしてるみたい。
警戒して何か隠したい、後ろめたいことでもあんの?
何をそんなに不安がって怖がってんの?
不都合な相手と知れば揉めて余程、争いがしたいのか?
まぁ悪魔さんとやらは、もっと前からいたりして
>>それで根拠ですね
根拠の意味わかってます? 急所でもないし。
もう面倒臭過ぎていちいち教えてられない、
智慧証覚が磨けたまともな神経のある者なら、
とっくにわかってて、このくらい常識です。
>>別に今更世界救世教を批判する気は全くありません。
そうか?w
まぁ、一生そのままですか・・・
検証なんかしんでいい、どうせハードル高く荷が重いでしょ?
赤子の手捻りのようで、それよりも残り時間大丈夫?
ずっとそのままなのかしりませんが、
いい加減、帰幽後のこと考えといたほうがよさそうですが。
眠くなってくきたので、Zzz
Re: 根拠は? - 一番
2026/08/24 (Mon) 20:01:50
まずあなたはどこの所属ですか、
そしてこの件に対してはどのように考えているんですか。
教主はいるのかとか
それで 根拠ですね。
これは 世界救世教 でも 先生のお話の中で過去の反省ということをよく話されますね。
理解されているんですね、
なぜ教団が明主様御在世の時代と変わってしまったのか、
なんで離脱 教団がたくさん出て 本家もなんで別れなければいけないのか
どこに原因があるのか
その検証ですね。
もう あらゆることは今まで報道もされたし教団内に資料をたくさんありますね。
神慈秀明会にも 離脱した原因はそこにありますね これを学びますね。
ここは確かに急所ですね。
具体的に書いたら長くなるので、
悪魔の忍び寄るというのは 一元化を企てた幹部ですね。そして右翼の人間を 片腕として呼び寄せた。
あとは略します。「昭和32年6月3日の緊急会長会議で、驚くべき不祥事が発表されました。
その5月過ぎに熱海の救世会館に祀ってあった御神体と、明主様のお写真が何者かの手によって、盗まれるという大事件が起こったのです。
またその直後 箱根日光殿にご奉斎の御神体、すなわち明主様ご真筆の十一面千手観音のお姿が刃物で切り刻まれ、しかも 裏庭で燃やされてしまった。
とも発表されました。
おそらく 同じ暴徒の仕業に違いありません。それより先の4月にすでに脱退した某教会から、今二代教主始め 管長役員らが首をくくらなければ、ならないような事態が起こるぞ、という警告があったと言われてますが、返す返すも、残念至極で言う言葉もありません。
理大 教主は「その責任は万死に値する重大なこと 」と述べられました。それ以後、教団の進む道がますます狂い出したのです。
二代教主は 明主様のご真筆ではなく、自ら書いた書を祀るように指示してきました。
しかし 明主様信仰一筋に連なる信者にとって、明主様のご神体をご奉斎しないことなど考えられないことです。
二代教主の時代になっても、同じ信仰の道を歩むと信じていたのですから、それはいわば 黒幕の向こうに明主様を隠されてしまったようなものでした。」
神慈秀明会「道 ひとすじ」から
別に今更 世界救世教を批判する気は全くありません。
ただこういう裏付けがあるということですね、これは教団も記録が残っているでしょう。
根拠は? - で?
2026/08/24 (Mon) 08:24:12
当時の救世教が酷かったとか、
邪神の巣窟・働きだとか、
悪魔が忍びよるとか、
それなりの根拠あってのこと?
あまり具体性が見受けられませんけど。
分裂・内紛って二代とやらの頃から?
それ以前は何も無く平和的だったの?
そもそもが二代以降の教主って、
誰が決めたの?必要だったの?
Re: Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 08:10:48
そして強力なやつが取り付いた。
Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 08:07:35
そして悪魔が忍び寄る。
Re: Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 08:04:24
救世教会館ではなくて「救世会館」ですね 。お詫びして訂正いたします。
メシヤ会館のメシヤを除いた。
教団も世界(メシヤ)教から。世界救世(きゅうせい)教 に変更、明主様は大本教では救われないとおっしゃってましたが、奥様は大本に戻されたと私は解釈しました。力を落とした。
Re: Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 07:51:53
明主様ご 昇天時には
大本教のお手代をなされたり、
明主様の戒名を大本教の教師に依頼され、祝詞もでしたか、そして 明主様御設計のメシヤ会館は 取り壊され、
大本教の土で整地され、見事に 大本教の神殿を手本に救世教会館になりました。
Re: Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 07:24:10
この時誰しも 大本教を離れられない奥様を、二代に推戴されるなんて 想像しなかったでしょう。
しかしこの後『皆この人にお世話になる』とおっしゃったと書いてますね。
これは暗に二代をご指名されたと捉えられますね。これは
状況から見ておっしゃったのか、
今日の世界救世教の混乱のもとは二代様から始まったと思うんですが。
だから 同じ世界救世教東方の光教団はご神体を二代揮毫から明主様御神筆に変更しましたね。
いづのめ教団は二代揮毫です。
Re: Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 06:59:05
それで 、メシヤ降誕仮祝典2日前、
昭和29年6月13日 曇り
「午前1時 奥様は 東山荘へ向かわれる。大草管長と 木原 理事長は 東山荘へ赴き、奥様にお目通りされ、明主様のご意向をお話しされる。
奥様は ご納得になり、お車の使用について お詫びをされるとともに、大本教 信仰をやめて 常に 明主様のおそばに待ることお約束になり 朝方碧雲荘へお戻りになられる。
奥様はもはや 大本教の教師を呼ばれ、
大本教 関係の出版物一切を リヤカーに積まれ、お渡しになった。(後略)」
とありますね。
詳しいことはわからないんですが、明主様のお車を無断で使用されたんですね、
それで一時的 別居されたんですか、ここは分からないんですが、その時東山荘と碧雲荘、別々に住まれていたから、
または メシヤとお呼びするのは申し訳ないと大本教 にお詫びに行かれたと書いたものがありますね。
大本教を心酔されていたんですね。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番
2026/08/24 (Mon) 01:07:15
これは岡庭真次郎先生が昭和9年に書かれた[岡庭真次郎日記、抜粋]から
「2月10日、
大先生のお言葉によれば、『大本信者が一番 救われないことは明白な事実だ。
うちの奥さんを見れば明らかだ』とのお言葉で、
実にお気の毒な御事である。
実に神様を信じる 団隊にして真の神様や、大先生に反抗することによってであります。
9月2日、
奥様の大本の雑誌注文のため、大先生より30円 60銭お預かり申す。何としても 奥様は大本教より離れないご様子、実に情けないことなり。」
とありますね。
大本教 時代から 熱心に大本教を信じていらしたんですね。
それに対して岡庭先生先生は やきもき されていたんですか。
Re: Re: だから何? - 一番
2026/08/23 (Sun) 19:25:20
度々すいません。
スマホ変えたから 全然 修正ができない、 また間違ってますね。
救済業じゃなく 世界救世教ですね。
当時は本当 色々 世界救世教に関しては 邪神の働きというのをよく見せつけられました。
青年の夏季布教の時 これは一度書きましたが、当時 青年が誤って 世界救世教 信者宅に伺って「大光明 真神」のご神体を背景に信者に 浄霊をしたんですね。
そうしたら全身が真っ黒くなって 硬直して動けなくなったんですね。同志が浄霊しても効果がなく 抱えて 出張所まで戻って先生がご浄霊して回復した。
それから世界救世教の信者に 浄霊をしたらお詫びになりました。
それだけ 邪神の親玉がかかっていたんでしょうね。そりゃ負けたのかもしれませんが、そこは 分かりません。
そういうことがありました。
Re: だから何? - 一番
2026/08/23 (Sun) 19:10:31
こういうことを公式では言わんですね。
当時 やっぱり神事秀明会は少し 閉鎖的だから それで発展しているから どうなっているんだろう 興味があったんでしょうね。
夜中に忍び込んだんでしょうか、世界救世教 と言ったら 当時はまだ 相当 内紛 していた頃だから、警備をしていた 奉仕者が発見したのかもしれませんね 。
何をしているのかと 問いただしたかもしれません、そこは 私は人から聞いたから、
それ以上のことは言えません、
その頃は 世界 救済業はひどかった。
本当に 邪神の巣窟であったと思いますね。
だから何? - で?
2026/08/23 (Sun) 17:26:03
それが何に影響があって、
どこかが変わることでもあったの?
そうも重要なことだったの?
それと「言われてましたね。」の憶測でなく、
あったのは確かなの?
世界救世教側はそのことを公式に言ってるの?
Re: Re: 使命感? - 一番
2026/08/23 (Sun) 02:12:14
伝は殿の誤りでした。
スマホ変えて操作が慣れず申し訳ありません。
Re: 使命感? - 一番
2026/08/23 (Sun) 02:04:22
確か 神慈秀明会の教祖伝が完成した後 秀明の聖地に世界救世教の信徒が侵入したと言われてましたね。
確かに私も 似たようなもんですが、
使命感? - w
2026/08/21 (Fri) 12:38:14
我と癖の強さ丸出し・剥き出しの信者が暴走して、
幼稚で不法侵入のような真似しただけやないか! w
何が使命感やねん、最早、慢心どころやないわ。
Re: 「奉仕者を囲んで」 - 一番 URL
2026/08/21 (Fri) 11:31:27
>慢心を下回った 慢心は論外ですよ。
そんな み教えがあるんですね、 初めて知りました。
なるほど、慢心を下回った 慢心とはどういうことなんだろう?
軽く のぼせ上がる
調子に乗ると言うか、
これも時によっては必要ですよね、
慢心を超えた 慢心とは神様と、人間の境を超えたもの、
やってはいけないと神様が言われたことをする、
でもこれは絶対に自信があるとピントがあった時、 その境を超えてしまった、それが可能になることもありますね。
私は今から30数年前かな、初めて箱根 神仙郷に行った時、
ここからは入っちゃダメですよ と 境があったんですね。木で境界線が作ってあった。
でも俺は絶対に大丈夫だと思って、それを外して中にズカズカ と入っていきました。
何か 自信があったんですね。
なんと無礼なやつかと多くの人は思うと思うんです。
これは 説明 できないですね。誤解される、
使命感、の確信があるんですね。
これは下手したら 慢心と捉えられる、だから こういうことを絶対に言いません。
慢心どころか - 何言うてんねん
2026/08/20 (Thu) 20:44:49
「慢心はいけないが、慢心を下回った慢心なら論外ですよ」
と言うてるわ、厳しさはそら必要みたいやけどな、