
聖徳太子 - 一番 URL
2026/05/24 (Sun) 05:24:16
(教祖言)
『私の全ては太子( 聖徳太子)の業(わざ)を世界的に押し拡げたものとみればよくわかる。』(いづのめ誌31号)
(時を待たれていた)
『観音様のところに向かうと観音様からスーッと 霊気が入ってくる。実に何とも言えない 良い気持ちです。
そして涙が流れそうになってきた。
まあ 長い間待っていたというわけですね。
今まで 法隆寺の夢殿において 時を待たれていたんです。
太子は日本的に仏教を広めた。
私は仏教でなく 世界的な宗教を世界に広める。』(昭和27年4月29日、法隆寺、夢殿の救世観音に対面された明主様のお言葉)
(いづのめ誌8号)
「1985年に法隆寺の国宝『聖徳太子』座像 が初めて X 写真で撮影され 体内仏の国宝『救世観音菩薩像』が入っている様子がはっきり 確認できたばかりか、
聖徳太子座像の瞳がコンタクトレンズのようなガラスを貼り付けた 得意な方法で作られていたことがわかった。(中略)
木彫の目は当時 木を目の形に掘って色を塗る彫眼が主流だった。
しかし 平安末期になると彫像本体が一木造りから寄木造り へ変化したのに伴い 頭の中をくり抜いて 空洞を作り目の部分に穴を開け 内側から 瞳をかいた水晶をはめて 写実性を高める 「宝眼」技法が始まり、(後略)太子像は平安末期の保安2年1121年侍者4体とともに造られたとされる。」
当時の新聞に載りました。
聖徳太子座像の白黒の写真に、お腹の部分に救世観音菩薩像が写ってますね。
明主様の前世は聖徳太子だと言われているから不思議ですね。 それがその時代は分からなかったでしょうが、救世観音がお腹に入っているんですね。
明主様は 法隆寺に行かれて、救世観音を拝された時に、懐かしさを感じて涙が出たと書かれてなかったですかね。
たまたま資料が出てきました。
ネットでも見れるかもしれません。