明主様 一つの波紋3

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明主様

一つの波紋3

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神慈秀明会と桃 - 一番

2025/12/30 (Tue) 01:46:13

明主様教団を色々とお尋ねしましたが、桃を教団の柱にして実践するところは神慈秀明会だけですね。
私が入信した 昭和56年5月頃、4月から桃の記事が秀明紙に載ってますね。
昭和56年4月10日発行 第133号

〘教祖言〙
『三千年目に聖王母の園に桃の実が1つなり、その実は転輪菩薩で、それが世を救うと伝えられていますが、その転輪菩薩が
観音様であります。』

お詠『聖王母育(はぐくみ)ませし桃の実は、聖(しよう)観音の生身霊(いくみたま)なるも』

復活祭 お言葉
❲桃、三話〙(会主)
「明主様信仰の道は開けに開けて・・」
復活祭おめでとうございます。先ほど会長がご神前で祝詞を奏上をさせていただきましたが、一言一言感無量の思いでございました。

次に祝詞とご讃歌に移りましたが、例年のことながら胸の高鳴りは止めようもなく、じっと立っているのが精一杯でございました。
顧みますと45年3月1日、熱海へ離脱の通告を出し当時のここの 月次祭は3月3日で、私はそのみ祭りにのぞみ、ただならなる 緊張の中にいつものように順番に上げさせていただくページをめくりますと、
ちょうど今のお詠にあたりました。月次祭と申せば 月間行事の中でも一番大切なみ祭りですですから、明主様の御言霊は魂に突き刺すように鋭く応え、また暖かく包み込みお励みを頂いて尊さ かたじけなさに感謝の涙を止めようにもございませんでした。
それに先立ちまして 1日に 助教師 当時の助師、それから2日に世話人を集めて 離脱もやむなきに至った道すがらを、時間をかけて説明しました。質問にも答えたのですが、あまりに突然であり予期しなかった事柄だったので、皆さんがしっかり受け止めていただけたとは申せないようでした。

熱海側は 人々の心の波立ちや 戸惑いをついて、まず第一に 他の教会長と姻戚関係にあった支部長やその家族を手なずけ、次に 機関紙によく記事を頼んできた信者を籠絡(ろうらく)しました。
そして 幹部や会長たちが、入れ替わり立ち替わりその支部に乗り込んで占拠しました。
東京に話し方教室というのがあり、そこで話術を学んできたものを起用して、専任の京都教会長に任命し、その上教主も担ぎ出し 今までしたこともない愛想を振りまかせ、己を正当化しようと それこそおぞましい攻撃をかけてきました。

ことの成り行きを冷静に見れば、誰しもおかしいなと気づくことばかりなのに、悪人の常套手段である自分の都合の悪いことを うまくすり替えてしまって、判断の目を狂わせ、私と会長も明主様に弓を引く大逆人に仕立て上げる始末。

その上 正しい観点からではなく 自分たちの都合で強引に教主を象徴に祭りあげておきながら、それをおくびにも出さず こちらに向かっては大恩ある教主に背いたけしからん奴と、口はば たくて言えないようなことを、どんどん吹き込みました。

その上 人それぞれに甘い餌を目の前にちらつかせて、おびき寄せるなどあくどい切り崩しを、しつこく繰り返しました。
御教えさえしっかり腹に入っていれば、その愚かさは 見え透いているのですが、ともかく 両方の話を聞かなければわからないのではありませんかと、言われればそれもそうだなと思って彼らの誘い手に乗ったものはほとんど、罠にかかって落ちていきました。
また一方では役人に働きかけて 離脱を認めさせないようにし 、この本部を乗っ取ろうと強引な策を弄し、柔剛ない交えての修羅場でございました。

しかし彼らの拠り頼んだ錦の御旗には、もう御神霊は在さず、当日のお歌 88ページのお示しの通り、8の字は開くの意、末広がりを意味するように、明主様信仰への道は開けに開けていたのでございます。なんと尊い明主様のご神示でございましょう。
(中略)
〘玉と桃をくださった〙
話は変わりますが、3月には毎年御神前に桃の花を入れております。
ちょうど時候柄でもあり、また 桃の節句 と申すように 3月3日のひな祭りには 草餅、菱餅や白酒とともに、桃は昔から欠かせない花でございます。
ここで 教祖祭に引き続いて桃3話とでも申しましょうか、前にも申しましたが明主様は、
『昔から 5節句やお伽話、謡曲、常盤津、長唄などに謎や神秘が秘められてある。
それは皆神様が今度のことを準備されたのであります。』
とおっしゃり ひな祭りについて、
『桃の花祝ふ3月3日のいわれ、世人と覚えらむ時近みけり』
『女子のたのしき雛の み祭りにも、大いなる謎秘められありぬ』
のお歌をお残しになりました。3月3日は離脱を信者につげる意義深い月次祭でございました。

黄泉比良坂の戦いに、桃の実を投げて邪神軍を撃退された古事にありますように、
昔から桃は悪魔を払い 不浄を浄める花、めでたい花とされていて、宮中の古式な行事にも取り入れられると聞いています。
梅の花のように 凛とした気高さはなくても、いかにも春らしい 暖かさを感じます。
まだ素朴な気取らぬ初々しさがあり、どこか野暮ったさはありますが、若さが溢れている感じです
。娘さんの日本髪にも桃われというのがありますが、桃の花を見るとすぐそれを連想いたします。

次に”桃源郷“という言葉を知っておられましょうが、 俗世間を離れた別天地、いわゆる仙郷を指すのですが、私どもは現実にはこの世に住んで、浮世もしがらみに揉まれ、しごかれて色々な苦しみはありましても、魂は
明主様に繋がらせていただいているのですから、明主様を信じまいらせて、心はいつも 桃源郷にあって 春日のうららかさを持っていたいと思います。

また今日は 新教師の誕生、分けて初の外人教師が生まれました おめでとうございます。続いて 助教師や講師の方々の資格の 拝命もございます。”桃門に満つ”という言葉があります。
これは優れた人材が門下に満ちるという意味ですが、明主様信仰の優秀な使徒として、今後しっかり活躍してもらいたいし、また皆さん方の中からも続々と輩出して欲しいと願います。

*終わりに 桃にちなんで とても嬉しい報告がございます。その前にこの絵をお目にかけます。これは何でしょう。
(桃が描かれた瓦2種と、如意宝珠が描かれた瓦の絵)、
そうです 瓦です。 実は前から日本の古い建物の中で良いものが見つかれば是非欲しいと願っておりましたが、図らずも 手に入りましたので 解体しましたら、こういう 瓦が見つかりました。

この瓦の模様は何でしょう。そう玉です。如意宝珠、麻邇(まに)の玉でございます。
瓦に宝珠の絵柄があるのです。もう一つの絵柄 これは桃です。

*玉と桃を明主様がくださったのです。

なんと 嬉しいことでしょう 私は特別な教養とてなくただ精一杯 何にでもお役に立たせていただきたいの 一 心だけで動いているのですが 明主様が全てに渡って上から 段取りをつけてくださって、このようにお恵みをいただけるのですね。
如意宝珠と桃、もうこれ以上申すことはございません。ありがたくもったいない次第でございます。
今はただ ご報恩あるのみでございます。」

ここが始まりですね。ここから 桃に関する奇跡が起こり始めましたね。
布教に出たら雨粒が桃の形をしていたとか他、ここから桃は百だから、桃の実献金が発生したんでしょうね。
桃(百分)の拝読、桃(百人)のお救い、桃の浄霊、今でも支部には桃のシールを貼ってますね。

(私の拠点では1年かけて1人で100名導いた青年がいました)1つ1つ 自分たちの目標が達成したら、そのシールを貼っていきますね。
これは他の教団にはありませんね。

Re: 神慈秀明会と桃 - 一番

2025/12/31 (Wed) 03:17:54

会主様の講話の中で、明主様の桃の節句、ひな祭りのお歌が紹介されてますね。
明主様お詠
『桃の花祝う3月3日のいわれ、世人と覚えらむ時、近みけり』(最後の審判)
『女子の楽しくひなのみ祭りにも、大いなる謎 秘められありぬ』
この意味を書かれた御教えあるかなと、私は記憶がないので、大本教で調べたら書いてありますね。

(明治55年3月3日 5月5日)
明治37年 1904年大本神諭に
「明治55年の3月3日5月5日は誠に結構な日であるという予言 めいた 文面がある。
明治55年、(大正11年)3月3日や5月5日を谷口正春は最後の審判の正念場と信じていた。王三郎は「言霊学」で解釈し、「3月3日とは3つの御霊なる*「月の大神の示顕が、天地人3体に輝きわたる日ということ」であり、

あたかも暗黒の天地に、日月の東天を出でて、
万界を照らすが如き、瑞しようを5月5日というのだ」と教えている。
また 霊界物語では大正10年10月18日に開始し 翌11年3月3日まで567-(五六七の神章)に因む数字を終えたことも、
神界の経綸であると述べている。」とあります。

そして旧暦の3月3日「上巳(じようし)」は3月の初めの「巳の日」とされ、災い汚れを払う意味があるとあります。

桃が穢れを払うんですね。

王仁三郎は、日月は月の神と言ってますが、王仁三郎は緯(よこ)の御霊で、スサノオノであり、月の魂。
それを言ってますが、本当は日月、ひとみず、かみ、主神なのでしょうね。(私の解釈)
東から主神がお出ましになり、世界を祓い浄められるがきている意味なのでしょうね。

Re: 神慈秀明会と桃 - 花桃MIKI

2025/12/30 (Tue) 20:40:13

たしかに
でも秀明会では通用しないですね。

>桃の実献金が大変な知人に、スーパーで桃の実買って行けば❓️と言ったら怒りだしたなあ。

というコメントもあります。
YouTube
神慈秀明会の闇 を語ります。
@スイスくらら
2 年前
https://www.youtube.com/watch?v=n0oSNYVpqLU

こんなコメントもありました。
@カッさん-v1d
6 か月前
神慈秀明会は潰れた方がいいです、土地もとられるし、自民党とも癒着はあります、ちなみに桃の木は一千万です、うちのおばあちゃんがやられました


私も「(ご用できるお金がないなら)土地売れば?」と言われたことあります。
義母も累計一千万近く献金したようなので、嫁の私に土地売るように言っても大丈夫となめられたのかな?
夫にその話しをしたら激怒していました。

夫は自慢げに義母の桃の実献金のことを話してくれていましたが、
他にも決定打があり、おかげで信心深かった義母も夫も私と一緒に信仰をやめることができました。

去年ネットで知った桃の実献金誕生の経緯を夫に話したらあきれていました。

Re: 神慈秀明会と桃 - 名無し

2025/12/30 (Tue) 18:02:47

桃=百だから桃一個で百万円ですか〜。
花柳界の隠語みたいであまり品がいいものじゃありませんね。

小さいですけど一応桃ですって百円差し上げたら。

Re: 神慈秀明会と桃 - 花桃MIKI

2025/12/30 (Tue) 16:33:31

一番さん
貴重な資料提供ありがとうございます。

桃の実献金が東京支部で発案されたのが昭和54年、
この講話がされたのが昭和56年。
これで会主が、いち助教師が発案した桃の実献金のいわれを教祖の教えを無視して認めた証拠となります。

”本部としては、このような献金を特別に設けた事実はない”
という調停でのいい訳はウソとなります。

この桃の実献金でどれだけの悲劇が起こされたことか。
発案者が暗澹たる思いになるのも当然です。

”奇跡を起こす神様が善とは限らない”
ことを神慈秀明会の奇跡が証明しています。

100万円という金額を設定して信者にすすめることは、任意の額を信者が決める主体性を奪っています。
発案者が神慈秀明会と対峙して唯一勝ち取った裁判で、神慈秀明会の献金のあり方の違法性が認められたのはまさに金字塔でした。

金字塔判決:神慈秀明会が敗訴
https://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2008/01/post_e65d.html#comment-142560006/

それでも反省しない神慈秀明会
それでも発展する神慈秀明会
そして恐怖信仰の被害者は出続ける
神様は不正をする人を裁かれることはない
医療拒否による死者がでても気にもとめない信者を愛する残酷非道な明主様

岡田茂吉の論文はすでに破綻しています。
茂吉生前にはすでに社会問題を引き起こしていた信徒たち
人命軽視、人権侵害の論文のせいです。
二代が岡田茂吉をメシヤとは認めず、人権に配慮して論文改変、全論文公開を制御したのもうなずけます。
それを悪用したのが会主。

この会主の講話をよめば、岡田茂吉の論文もいくらでも悪用できるということがよくわかります。

桃の実献金に邪を払う力などありません。

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