明主様は天照天皇だ - 一番
2025/01/24 (Fri) 09:36:05
今回は神慈秀明会 拠点の勉強会で天照大神、 伊勢神宮が出ました、
元専従さんの投稿にありました、明主様の前世は天照天皇と御教えがあると。
いずれ、天照天皇、御尊影が伊勢神宮にお祀りされる。
それまでの 過程、今まで天照天皇は世の中から隠されていた。
これは神様の経綸か、
天若彦、素戔嗚、藤原氏、古事記、 日本書紀は書き換えられた。
神武天皇以前の国常立尊は消された。
これが後の、GHQまで繋がってくる。
日本を表に出さない。
明主様は御教えに天照天皇の御事はあまり お書きになっていない。
ここが神様の 大経綸なのでしょうか。これがこれから明かされてくる。
ネットでもどんどん古史古伝の、新解釈が出てきてます。
伊勢神宮に 明主様が天照天皇としてお帰りになる。
御尊影が伊勢神宮にお祀りされる。
その過程がこれから整っていく、
そのために 皇室が残してある。
これが私の岡田茂吉研究の結論です。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/28 (Thu) 08:57:13
平本先生に関わった金龍と九頭竜の違い、これも御教え研究なのですが、浮かぶのは、
金龍は正邪を正す神、邪神の頭目が黒龍、赤龍ですから、ここから悪魔 、邪霊に指令が行くのだから、これと戦うお役だろうと、
九頭竜 は自然界を守り、また破壊の浄化を司どる龍神のトップの意味かもしれませんね。
それぞれお働きが違う。
今手元に 資料がないので 記憶で書きますが、
確か 明主様は金龍で、黒龍と戦うというみ教えがなかったでしょうか。
また 昭和28年に龍神が破壊のお役をさせていただきますと、明主の元に訴えてきた御教えもありました。
金龍は警察官の役で、九頭竜は役人、役所は古い建物を強制大執行して片付けますね。
その違いなのかなと。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/27 (Wed) 03:46:48
岡田茂吉全集、著述1巻 269ページ
観音講座 第3講座
抜粋、
『神様は 霊分身が御自由であるため、幾柱にも別れることができるのである。
そこで伊都能売神の神様は一方 インドにて観音になられ、
一方は兄の花姫尊(梅の花)となられて、富士山に御鎮りになられ、
また一方は、金龍となって 近江国の琵琶湖へ御隠れになったのである。』
と、お書きになってますね。
幾柱も、そのお役で分霊される。
一人の役者が何役もされる。
その1つが 金龍であり、その1つが九頭竜である
九頭竜 は 龍神のトップの位で、金龍と同じでありますが、 お役目が違うんでしょうね。
今までは 金龍神として明主様に憑依されておられましたが、金の蛇が平本先生に入られる形を見せられ、
ご自分から金龍神としての、
お役が 九頭竜に変わられた。
元は同じ役者がされているからと、
そういうことなんでしょうか。
凡人には、なかなか解釈できない。
守護神はその人の御魂で変化すると書かれてますね。
当時 平本先生は重要なお役をされていましたから、 スサノオの居住地である出雲地方の開拓布教ですから、
平本先生から広がったんですから、
当時金龍神がご守護されるお働きをされる為の霊格が上がられた。
ですから大浄化がされました。22時間昏睡状態に、
その型を見せられたのでしょうか。
そこで平本直子先生に入られた、金の蛇は金龍だから、明主様のには別のお役で九頭竜に変わられた。でも中身は同じであるから、
平本先生もお役が終わられたら、金龍は明主様にお戻りになるのか。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/27 (Wed) 03:11:29
あぁ、金龍はすでに 九頭竜ですから “金龍から九頭龍になったということにはならない“ということですか。
今わかりました。
確かに『私の守護神が替わったので 金龍があなたについたのだ。』
「大先生の守護神はどうなるのですか とお尋ねすれば、」
『九頭龍になった。』
これをそのまま 素直に受け止めたら別な存在に取れますね。
平本先生が間違って書かれたとは 考えにくい。
どう解釈したらいいんでしょうか。
あなたの投稿した明主様の前世の欄で、
応神天皇でしたか、明主様の前世でも、霊界ではいるところが違っていましたね。
下の方におられましたね。
金龍神も同に分霊した形で存在されたのか、
九頭竜であり金龍である。
ここは 研究の解釈ですね。 み教えがないから。応用の解釈、
過去 書かれたものから 引用するしかありませんが、
もしか、分かる人がいたら教えてください。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/26 (Tue) 10:28:28
かえ坊さん
私は詳しくは 分からないんですが、
全集講和第一巻p.577
昭和23年、御光話錄で
(お伺い)「イエスが自分はキリストだと信じたのは、神様から わざと思わせられたのでしょうか。」
(御教え)
『ええ そうです。
あんたは誰からこれを聞きましたか。』
「岡庭先生から伺いました。」
『そうでしょう。 他に知っている人はないはずですから。』
とお答えになってます。
これは 平本伸一先生のお母様は、直子先生の日記にも書いてありますね。
身近な先生方にお話しされてありますね。
例えば平本伸一先生の書かれたものに昭和16年頃に、
「その年の10月15日、母は22時間意識不明の浄化をいただいた。
意識の戻った母は
毎晩 富士見亭に通い、明主様より直接のご浄霊を受けるとともに、
神秘なお話を聞かせていただき、
これからどうなることかと嬉しくもあり 恐ろしくもあると語っていた。」
と書かれてます。
これがちょうど 金龍が守護神となられた頃ですね。
有力な信者には個人的に御教えを話されてますね。これが日記として記されてます。
井上日記、岡庭日記、平本日記ですね。平本直子先生のは伸一先生がまとめられてます。
まだ未公表の御教えもあるのでしょう。
このようにはっきりとした日付は 分かりませんが、
だいたいの検討で捉えることも、あるのかと思います。前後の文脈で分かりますね。
今は昼の時代ですから、色々表に出てきてます。
Re: 明主様は天照天皇だ - かえ坊
2025/08/26 (Tue) 00:32:15
一番さん
明主様の守護霊の「金龍」と「九頭龍」のことで私が想ったことです。
①下記は昭和10年の御講話で東氏が撮影した霊写真の龍についてのみ教えです。
これを拝読すると、
・昭和10年時点で、伊都能売神龍が明主様の守護神。
・伊都能売神龍は八大竜王の頭領で九頭龍。
ということで、昭和10年ですでに九頭龍の伊都能売金龍が守護神だったと思いました。
「金龍物語(口絵霊写真の解説)
『光明世界』3号、昭和10(1935)年5月21日発行
この霊写真にある龍体は、余の守護神であって、特に神秘ないわれがあるから、詳説しようと思う。(中略)
しかるに、八大龍王の上に、一の主龍神が被在(あら)れた。御本体は、伊都能売(いづのめ)神龍と申上げ、実は、高貴なる御神霊が、黄金の龍体と化せられ、琵琶湖の湖底深く潜み給い、八大龍王と倶(とも)に、時を待たれ給いたのである。(中略)
越えて、(※昭和4年4月21日の)翌一ケ月後の五月二十日、当時、大森旧八景園に、在住し居たる、余が住宅の上空に、一時間余に渉り暴風雨、雷鳴があった。這(こ)は、さきの金龍が、余の守護神たらんとして来たのであって、この、雷鳴暴風は、余の居所の上空の邪気を浄化する為の活動に、外ならなかったのである。」
「 伊都能売金龍は長く琵琶湖に潜み、昇天し私の守護神となった。(S24) 」
「伊都能売(いづのめ)金龍と申す神様が憑られた事があった。その龍神は数千年間琵琶湖に住まわれ、時を待たれていたのが、いよいよ時節到来因縁によって私に憑依されたのである。この神様は八大龍王の頭領である九頭龍(くづりゅう)といって、俗間で九頭龍権現のお名前で祀(まつ)られているのがこの神様である。」
始めは明主様の守護神が元々金龍で、平川先生に話をされた昭和16年に九頭龍の金龍に代わったのかなと思ったのですが、御教え拝読するとその前から九頭龍様が守護神と思ったのですが、どうでしょうか?
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/25 (Mon) 01:38:34
これは 岡田茂吉全集を中心になって 編集された平本伸一先生の書かれたものから、伊勢神宮と関わりがあることが書いてありました。
(日時不明)
大先生が 伊勢神宮へご参拝されるため、中島(一斎)先生がお供することになったが、経済的に余裕がないため 授(さず)けてくれと頼まれ、中島先生へ用立てる。
(10月7日)
今日は死を生に転じていただいた 千代子の誕生日なので、1日の治療 終わってから 宝山荘へ お礼に上がり、お礼金を呈上させていただいた。
すると 大先生は、そのお礼の言葉には耳もかされず、『このお礼はあなたの祝いにもらっておく』と仰せられ、
『最近何か変わったことはなかったか』
とお尋ね があり、実は今日の明け方 夢を見たこと(自宅の御神体の「白衣観音様」から、一尺くらいの長さの 小さな金色の蛇が出てきて、私の体内に入ってしまった)を申し上げると、大先生は、
『私の守護神が替わったので、金龍があなたに付いたのだ。体を見てやる。』
と言われて 治療を頂く「大先生の守護神はどうなるのですか」とお尋ねすれば、
『九頭竜になった』と仰せられる。
そして『一週間もしたら大浄化があるだろうとも 仰せられた』
10月15日 大浄化を頂く。
22時間 意識不明。その間私は夢を見ていた。その夢の内容を書き留めるには時間がない。
その浄化後の治療力の素晴らしいこと。毎日、大先生から 神秘なお話ばかり聞くので、どうなることかと嬉しくもあり 恐ろしくもある。
と当時 お母様直子先生の日記が記されてます。
金龍神は明主様の守護神じゃないないんですね 。今は
1993年(平成5年9月17日)「神言防備錄」から
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/24 (Sun) 05:20:02
「みあとしのびて」続き、
❲伊勢神宮❳
ー霊界の神秘をご感得ー
抜粋、
昭和16年という年は、本教の歴史において大きな転機をもたらした 大切な年であることは言うまでもないが、
この年の5月23日に 丹波の元伊勢神宮にご参拝になられた。
そして一旦ご帰京になられた上で、越えて同年7月1日に、伊勢神宮に参拝されておられるのである。(中略)
明主様はまず外宮にご参拝になられた。それから 内宮のそばの茶店で昼食をおとりになられたが、
ズボンを脱がれて、中島夫人にそれを座布団の下に敷いて、皺(しわ)をとり、折目をつけるように命令された。
そして ズボン下のまま中島先生と碁を楽しまれた。聞くだに微笑ましい情景であるが、神宮に対する敬虔(けいけん)なご態度を示すエピソードであり、
また わざわざ このご参拝のために 白麻の洋服を新調されたとかとも伺って、なおさら その感が深いのである。
内宮ご参拝の後、お神楽殿でお神楽を奉納された。
ちょうど 明主様の前に警察の署長らしい一行がいたが、何しろ 弾圧の激しかった時だけに一同は緊張したが、
明主様は『露払(つゆはら)いがあるではないか』と、かえってお喜びになられたとのことである。(中略)
だがその夜10時過ぎ、明主様はホテルのご自室に一同をお集めになられた。
そして大変厳しいお顔つきで、伊勢参拝についてのことをお話しになられたのであった。(後略)
(昭和16年この時、明主様ご参拝の前に警察署長一行がいたとあります。
その時は、天照大神に参拝したが、それまでは天照大神ではなく、素戔鳴尊が鎮座されてたとありますから、素戔鳴尊に参拝していたということになりすね。)(一番)
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/23 (Sat) 06:02:53
「みあとしのびて」森山実太郎著、昭和43年4月初版、
明主様、神社仏閣ご訪問の地を再度訪れ当時を偲ばれた。抜粋
❲元伊勢神宮❳、神社神道 発祥の地、
「昭和32年の6月地上天国祭が終わった時、私は17日に丹波の元伊勢神宮に参拝する予定であることをご報告した。ニ代様は「できれば私も今一度参拝したい。明後日はあなたは私の名代として参拝しなさい。きっと竜神の奇跡がありますよ」とおっしゃられて、
明主様の元伊勢参拝の思い出を詳しくお話くださったのであった。(中略)
ニ代様のお話しでは、明主様が初めて同神宮を訪れになられた時、その川の、天照大神が禊(みそぎ)をなさったという伝説のある初盥(たらい)岩を眺められた時、その水中に白蛇が現れて首をもたげたという不思議さもあったし、その他天候など竜神に関する奇跡も数々あったから、「あなたの場合もきっと何かあるでしょう」とおっしゃられ、
さらに福知山から途中の 川守までの軽便鉄道の貧弱さに明主様が驚かれて、『これでも人間を運ぶ車か』と仰せられたことなど、いろいろお話くださったのであった。(中略)
明主様は昭和16年5月22日 東京をご出発になられ、その夜は綾部市の旅館小西屋に御一泊され、よく23日の正午にご参拝になられたのであった。
御随行の先生方は5名であったが、(中略)
岩松先生がその時随分たくさんの記念写真を撮られたが、なぜかその多くは失敗し、天岩戸の前における明主様お一人の写真だけが写っていて、それを随行者に分けることになっていたのに、紛失することなどは考えられないのに、手許でなくなってしまったと今でも悔やんでおられる。
神社、御参拝後 岩戸の裏戸にある天の岩戸の伝説地、岩戸渓にいたって、 天岩戸神社に賽(さい)し、前日の御座石を、よじ登り、崖(がけ)を下ってご覧になられたのであった。
巨大なる奇岩石累々たる中を清流の走る絶景の地である。(中略)
私たちが 社前で祝詞を奏上していた時、ニ代様のお言葉のように、一つの竜神に関する不思議が起きた。
それは社前に竜灯杉という巨木がある。毎年旧暦12月31日の夜、梢(こずえ)のあたりはボーッと明るくなるため、竜神が大神に灯明を献納するのだと言われているそうであるが、
その巨木のしめ縄をはってあるところに、長さ2mもあろうかと思われる大きな蛇が現れて、首を上げて祝詞に聞きいるかのような姿をした。
そして祝詞が終わると静かに動き出して樹下の祠(ほこら)の中に入ったのである。
宮司の方が「あなた方はよほど霊格の高い方か、よほど運のいい人たちですよ。なかなか 竜神を見る人などありませんよ」と祝福してくれたので、
一同はニ代様のお言葉はこれだったのかと喜びあったのだった。」
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/22 (Fri) 04:48:31
『光への道」 抜粋
『昭和16年5月、渋井氏以下 数人の信徒を供に連れ、丹波の元伊勢神宮へ参拝に行ったのである。
このことについて興味ある一挿話を書いてみるが、今日の伊勢山田の皇大神宮は、今から約千百年以前、この丹波の元伊勢から遷宮(せんぐう)されたということになっている。
それについてこういう説がある。
遷宮の際、御神霊を神輿(みこし)に乗せ奉り、
一里(4キロ)離れたところに和知川の下流で五十鈴川があり、
その川を渡御(とぎよ)せんとした際、急に神輿が重くなり、どうしても渡り得なかったので引き返したというのであるから、
伊勢山田には御神霊は移らなかった訳である。
それを今日実証した一つの出来事があった。
それはこの参拝から1ヶ月あまり経(へ)た7月1日、私は中島氏以下数人を従(したが)え、伊勢山田の皇大神宮へ参拝に行った。
社前に額(ぬか)づいて祝詞を奏上するや、社(やしろ)の中から神の声が聞こえた。それは、
「では 私はこれから故郷へ帰らせていただきますから、あとはよろしくお願いもうします。」
という言葉である。
すると私のそばにまた別の声がした。
「長い間ご苦労であった」
とのお言葉で私はハツと思った。
というのはいよいよ、天照大御神と御留守居の神との交替である。
言うまでもなく私は先日元伊勢へ参拝に行ったのは、大神をお迎えしたので、今日の行事のためであった。
御留守居の神とは神素戔鳴尊で、朝鮮へお帰りになったのである。』
(後略)
それまで神素戔鳴尊が日本を侵略して、伊勢神宮に天照大神として鎮座ましまされ、
参拝者は誰も疑わず、天照御大神と信じてお参りしていた。
しかしこの時、明主様が元伊勢から伊勢山田へ天照大神をお迎えして、本来の伊勢神宮に戻られた。
天の岩戸が開いたということでしょうか。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/21 (Thu) 10:06:50
御講話(昭和25年8月1日)
抜粋、『天照天皇はある事情で、葬られた。』
2018年5月20日、世界救世教 いづのめ教団元専従さんの投稿から
「前略、
非常に興味あるものですが、わからないですね。
竹内文書の内容と似た内容であるとは聞いたことがありますが、・・・
明主様が天照天皇(天照大神の旦那様であった時)、天照天皇を殺害したのが初代、カムスサノオという話ですね。」
追伸、
御垂示録(昭和26年)
ー松江の倉橋忠二49歳は今月の雷鳴の時から頭痛がし、浄霊すると 霊動いたします。
合掌したまま手を上げるだけです。
強羅に出発直前 ご神体にお参りする時霊動をし、家の者が浄霊しても治まらず、教師の方が来て 浄霊すると、「自分は神素戔鳴尊であり、主神に三千年の罪をお詫び申したが、お許しがない。お参りしてお詫びする」と言って 鎮まりました。
(御垂示)
『それは本当です。松江は日本における素戔鳴尊の住居です。
素戔鳴尊は私にお詫びしなければならないことがある。
素戔鳴尊は一人ではない。
お詫びしたのも、しないのもいる。
神素戔鳴尊は私の先祖に対し ひどく 罪がある。
素戔鳴尊の霊が解決したら、他の霊が憑かるかもしれない。
今後の様子を見てみなさい』
神素戔鳴尊は私の先祖にひどく 罪があるとお書きになってます。
これは天照天皇を殺めた罪ではなかろうかと思います。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/20 (Wed) 02:54:57
前略、
『ここで話はまた最初に戻るが、右の数々の史実は神示によれば こうである。
はじめ神素戔鳴尊が日本へ渡来した時、最初に上陸した地点が出雲の国であった。
ところが当時日本の統治権を握っていたのが、伊都能売(いづのめ)神皇で、この神皇は余程古来からの日本の真の主権者であったらしい。
まず、大和民族の宗家と言ってもよかろう。
ところが大和民族の性格としては、闘争を極端に嫌い、平和愛好者なるがため、
素戔鳴尊が武力抗争の態度に出たので、無抵抗主義のため 生命の危険をおもんばかり、海を渡って 亡国へ逃げのびたということである。
それで 後に残ったのが、お世継ぎである 天照天皇とその皇后であったが、
天皇はある事情によって崩御されたので、皇后はその大権を継承されることになったが、(後略)』
新しい人も掲示板をご覧になってると思いますから再投稿しました。
天照天皇はある事情で崩御された、これは命を落とされたということ、
天照天皇が伊都能売神皇の後、お世継ぎの予定であったと書かれてます。
それが 朝鮮から神素戔鳴尊が攻めてきたので、
主権者、伊都能売神皇は亡国へ逃げられ、
そして 天照天皇は命を落とされた。
そして、皇后様が天照大神としては今日伊勢にお祀りされている。
天照大神は女神で
誰も夫神の天照天皇の存在は知りません。
疑問に思った人は少ないでしょう。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/20 (Wed) 02:13:07
『日本人種の霊的考察』上、 昭和26年御発表
抜粋、
『天照大御神が最高最貴の神とされており、しかも 日本天皇のご祖先ともされており、日本における神宮中の最高の神位として、
伊勢神宮に鎮祭されているに見ても、いかに 崇敬されていたかが頷(うなず)かれるのである。(中略)
次に神代史によれば、始め 伊弉諾(イザナギ)、伊弉冊(イザナミ)のご夫婦の神が、天照大神をと申す 女神を産みた給い、ついで神素戔鳴尊という男神を生み給うた
となっている。
そうして 天照大神に日本の統治を命ぜられ、素戔鳴尊に朝鮮の統治を命じられ給うたことになっている。
こういうわけで、天照大神は 女神であるに関わらず、天皇のご祖先となっておるばかりか、
蛭子(ひるこ)の命という男児まで産み給もうたとの史実もあるが、
これが本当とすれば、どうしても夫神がなければならないはずである。
しかし、今日まで それに疑いを起こした者もないし、この謎を解こうとする者も勿論なかった。
最も終戦前までは、そのような批判をするなどは不敬にあたるかも知れないので、誰も触れるのを恐れたためでもあろうが、
今日となっては、そういう懸念もなくなったから、私はここに筆を取ったのである。』
Re: 明主様は天追伸、照天皇だ - 一番
2025/08/16 (Sat) 04:20:33
天皇を表現されているところを “的が外れていない“と感想すると所は、
大いに誤解を生む 文章だと自分でも思います。反省します。まだ文章力が多いに足りません。
この掲示板の投稿はあくまでも 個人の研究としてのもので
その点
宗教色は全くありませんので そこはご勘弁を。
話は変わり、
今年、お盆からは日蓮宗のお坊さんを家に呼ぶのをやめました。
善言讃詞だけお唱えする
ことにしました。勇気が入りましたが、
また話は変わり、2回臨死体験でしたか、地球の過去と未来を見てきたと書いてある木内鶴彦さんの本を3冊 読みましたが、
疑問が残りました。これは個人の感想だからわかりませんが、
九割信じましたが、
あとは 御教えと 比較して どこが違うか、
木内さんは素戔鳴尊が日本を平和的統治した と書いています。
それまで 古代に天皇制はなかったと、
素戔鳴を肯定する書き方をしています。素戔鳴側から書いている。
国常立尊は少し出てるだけ、
ここは御教えと違う、全部は否定はしませんが、
読むのはやめました。
やはり秀明時代の奇跡の体験は絶対だから、御教えは絶対ですから。
追伸、
ただ人生の生きる目的は、苦労を乗り越えるところにあるとか、
その人の持っている どんな小さな才能でも、それを見つけ取り組む処にある と書いてました。
ここは 共感しました。
このように神様が作ってあると、
生きるというのは本当に障害 がたくさん出てきます。
しかしそこを乗り越えるように作ってあると書いてました。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/15 (Fri) 09:45:21
言わんとすることは理解しますね。
確かに 官憲の目を気にして書かれているとは想像しますが、
的は外れていない。
どうしてこんにちは皇室を残してあるのかですね。
また日本人は正月に 皇居に集まって 天皇陛下万歳 と唱えますね。
私はこの意味がわからなかった。
共産党が皇室廃止論を唱えてますが、
これに共感してましたね。
Re: Re: 明主様は天照天皇だ - 匿名
2025/08/15 (Fri) 04:46:20
天照天皇は今の皇室の直接の先祖ではないと思う。
天照天皇は大和民族で、いわゆる天孫民族は中国から来た日の傍系だとおっしゃっている。中国系の天孫と朝鮮系の出雲の権力争いが日本の歴史だったと。
それから、昭和10年ごろの古い御教えは非常に深いお話もされているけれど、皇室や戦争に関する部分は、わざとその当時の一般的論調に合わせておられる部分が多いと思います。そうしなければ大本のように迫害される危険性が高かったためでしょう。その辺を大いに考慮して拝読する必要があります。
皇室や天皇制に関しては、戦後のお言葉を研鑽するとまた全然違ったお考えが推察されると思います。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/08/15 (Fri) 04:10:09
『日本の天照皇大御神は日本の中心の神様で、御皇室の御先祖の神様であるから、これを方々へ祀れば良い。』(観音講座 第7講座 昭和10年)
『古い時代に国常立尊という神様が世界を支配していたということになっているのですが、その時分のことだから世界と言ったところで、全部だかどうだかわかりませんが、
まず日本を中心にして相当広範囲に支配していたに違いないのです。
それで 神様と言ったところでやはり人間なのです。
しかしその時分の人間は、非常に霊が高かったのです。
その時分は昼間の世界の終わりぐらいだったのですが、
ところが長い時代に だんだん人間が 夜の世界のために、穢れに穢れて 霊的にレベルが低くなったわけです。
それでよく 「天神七代、地神五代」ということがありますが、天神時代というのは 天の神様・・神道の方で言うと
「天津系」「国津系」といいますが、あるいは「天津神」「国津神」 と言いますが、天系です。
だいたい日本民族は天系なのです。
その天系だった頃は、天照天皇という最後の天皇が、支配していたのです。
これはいつかも言いましたが、
天照天皇が日本を逃げて、皇后様だけが残って、それが天照大御神とこうなっているのですが、
それよりか前に国常立尊という神様が支配されていたのです。』
『ごく古い、神代というのですが、神代と言っても空漠たるものでなくて、神格を得た人間が住んでいた時代で、
いわば この前の昼間の世界と言ったようなものです。
その時に、世界を主催していた神様が国常立尊という神様です。』
(御教え集31号、2月6日)
『天皇陛下は外国の皇帝と違うということである 外国の皇帝は力でなったものである。
わが日本の天皇は万世一系で、天照皇
大神の御霊統であることとなるならば、
日本の天皇陛下の古代に遡(さかのぼ)っていくと神様ということになる。』
(観音講座、第7講座、昭和10年)
明主様の前世が天照天皇であると教団も 公式に認めてます。(教団資料に載っている)そうするならば、天照天皇、明主様は今の皇室の先祖ということになりますね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/24 (Mon) 04:16:47
「日本人種の霊的考察(下)」(昭和26年)から
(御教え)
抜粋、『以上によってみても、不世出の偉人としては、何と言っても 聖徳太子にまず指を屈すべきで、太子こそ、”大和民族”の典型的 聖者と言ってよかろう。』
(一万年以上続いた平和な生活が、大陸からの侵略によって壊された。)
『”日本人は世界で最優秀賞の民族” なのです。で 今まで戦争や封建的の武士道とかあんなもので、日本の優秀性を違った方面に発達させたのです。
ですから 私は、武士道は大嫌いです。武士道というのはつまり、自分さえよければ人はどうでも良いという、
利己的関連の非常に強烈なものです。(後略)』(御教え集15号)
(また、武士は出雲から出たとお書きになってます。
最近アメリカで日本の武士道を描いた番組が賞を取りました。また
日本の総理がアメリカに大統領と面会して、お土産が黄金の兜(かぶと)と言ってました。16万円でしたか、お返しが、大統領の写真集とか、
馬鹿にしてますが、問題にならないですね、誰も何も言わない。師從関係になってます。
兜、あれは、日本(大和民族)のものじゃない。
これは本来の 大和民族の世界に戻る、 縄文文化に戻る。これが地上天国ではないでしょうか、
今 世界では日本を求めてやってきてます。 日本人の優秀性というのが言われてます。)(一番)
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/23 (Sun) 08:33:29
神武天皇が日本にやってきてから、国常立尊の功績が書いてある
のか、当時の
文書は神武天皇が全部焼いたと、明主様はお書きになってます。
その一部が竹内文書として残っている
これを学会は認めない。
偽物としている。
(御教え)
『大和民族の方は相当古いんです。
これは全く戦争を嫌い、平和愛好民族 なのです。
ところが素戔嗚尊が朝鮮からやってきてすぐに日本を征服したが、それがまた神武天皇(天孫)に征服されてしまった。
大和民族はこの二つの民族の下積みになって、わからなくなってしまった。
日本を支配したのは、朝鮮、****の民族であって、日本民族はずっと支配されてきた。』
(御光話録)(岡田茂吉全集講話 第1巻から)
世間で問題、争いを起こす多くは渡来系の民族 なのか。
アメリカ大統領、自己中心のトランプなんて渡来人の典型ですね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/23 (Sun) 02:14:59
(御教え)
『天照大神は女で、父君が伊都能売尊で、天照天皇の皇后で、天照皇后が天照大神である。
天照天皇はある事情で葬られた。
その時 伊都能売大神は日本を脱出せられインドへ渡られ、観自在(観音様)となられた。
インドの自在天の世を観ていることである。
日蓮宗の曼荼羅にあるが、自在天は悪魔に騙され、最初は良かったが、インドはだんだん悪くなった。
その邪神が大六天の魔王で、一名”帝釈天”という。
帝釈天は邪神の顔をしている。
****(中国)は盤古神王の系統が統治していた。
神農とも書く。
漢方薬の絵によくある。
日本は 伊都能売大神であらせられた。
*盤古神王は良い系統だが、漢方薬を発見して人間を助けようとした。
ゆえに 漢方薬は非常に悪い。
この奥に大変な邪神がいる。
この系統は邪神系にやられた。』
(後略)
(御教え)
抜粋、
『日本民族は天系なのです。その天系だった頃は、天照天皇という最後の天皇が支配していたのです。
それでこれはいつかも言いましたが 、天照天皇が日本を逃げて、皇后だけ残って、それが天照大神と、こうなっているのですが、
それよりか前に国常立尊という神様が支配されていたのです。
その神様は非常に厳格で、つまり至正至直で、極正しいことでないと許さない。
これも 神道の方にもありますが、
大勢の神様が一致して押し込めたのが、「節分の晩」としてあるのです。
その押し込めた方の総大将が、"天若彦"という神様で。(後略)』
(御教え集、31号)
「観音講座 第1」
『国常立尊が一度世界を統一したことがある。』
『天孫系の神、盤古神王後継者、天若彦の尊、この世に至り、天忍穂耳尊より、御系統が出て、
瓊瓊杵(ににぎ)尊となり、連綿として 今日に至る。』(後略)
このお孫さんが神武天皇ですね。
この方が日本を創ったとして、今も祝う建国記念日。
本来の姿ではない。 侵略されているんですね。
追伸、神慈秀明会の大奉仕精神のご奉仕の時に「自在天」、のお額を玄関にかけて、御注意をされたとありましたね。
このインドの神が邪神に負けたとお書きになってます。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/12 (Wed) 05:35:26
名無しさん、
私は新健康協会、神慈秀明会に関しては情報はあるんですが、
新健康協会は今 ネパールで広がりを見せているですね。フランス、台湾でも、
神慈秀明会 では ヨーロッパですね。ワインを作っているところの 2人の女性が敬虔なクリスチャンで、
しかし 毎日天津祝詞を上げて、ご浄霊を頂いて、明主様をとても感謝している。
50歳過ぎているんでしょうか、
長年できなかった子供が、最近授かったと感謝されていると、聞きました。
自然農法のワインを私もいただきました。
私は酒はあまり飲まないから、よくわからないんですが、 評判がいいですね。
世界的に人間が変化していく、今年からでしょうね。
フォトンベルトの中に入って、宇宙から光は降り注ぐと、その中に人類がいると書いているものがあります。
浄化しなければならない時代に私たちはいるんですね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 匿名
2025/02/11 (Tue) 14:59:28
名無しさん
私はあまり、個人の完成といった大それたことは考えてませんが、参考になりそうな考えを。
まず、今は信頼できる・できない情報の、自己判断が求められる時代です。
そのような時代に大事なのは、信頼される人物像です。
いかに信頼される人物になれるか、それは小乗的な発想ではなく、時代に必須のアプローチです。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/11 (Tue) 09:56:19
今日は、 建国記念日ですね。日本人は日本国が造られた記念の日だと信じてます、誰も疑ってませんね。
(御教え)抜粋、
『国常立尊は神の中の頭梁(とうりよう)で、引退と同時に家来の神々も引退した。
その後、邪神が支配することになり、天若彦命がその総大将です。』
(御光話録)
(御教え)
『イスラエルの流れと言いますが、 イスラエル民族の十二の流れというのは、十二の種族になったわけです。
それで、その一種族だけが東に行って、行方不明になったということがあるのですが、
一種族が東に行ったということは、 ****(中国)に行ったのです。
そうして、漢民族、漢の英雄になって それが日本に渡ってきたのです。
それが瓊瓊杵(ににぎ)尊なのです。天孫瓊瓊杵尊です。
その孫さんが*神武天皇です。
日本は今までそれが統治していたのです。』
(「御垂示録」昭和27年)
(御教え)抜粋
『私は50万年以前より、5000年前までの歴史を知っているのである。
それは神憑かりになった時、知らされたのである。
昔の古い文書は神武天皇がお焼きになってしまったのであるが、
その時、1人の家来が一部のものを持って逃げ、これを隠して土の中にいけ込でおいた。
それが今に伝えられた。
これは竹内宿禰(すくね)の家に伝えられ、例の天津教の竹内家にあるものにして、
竹内家にはその中にあった三種の神器の本物を持っているのであるが、
宮内省に献上しようとした時、宮内省では受け付けなかったのである。』
(「御講話」昭和10年4月5日)
これを書いたのが「竹内文書」ですね。
これをは宮内省は受け付けない。学会では偽書とされてます。
隠してますよね。
天若彦命の子孫が神武天皇であると御教えがあり、
今日その神武天皇が日本国を建国した日なのです。
Re: 明主様は天照天皇だ - 名無し
2025/02/11 (Tue) 03:05:21
目指すは個人の完成、というのも分かりますけど
それだけだったら上座部仏教的な、つまり小乗的なものにとどまらないですかね。
言わずもがな、なのかな。
まあ私のレベルが低いからそう思っちゃうんでしょうね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 建築屋
2025/02/10 (Mon) 12:56:09
匿名さんの
>私はこの立春で、大きな飛躍がありました。
他にも、何かしらの変化のあった方もおられるかと。
水面下で、色々あるのだと思いますよ。<
私はこれが大事だと思います。
『個人が救われ完成し、それが拡(ひろが)って世界が救われ、完成されるのでありますから、まず個人が救われ完成しなければならないのであります。一軒の家が世界の型とすれば一家が天国になって救われて世界は救われる訳であります。』
明主様御講話 「大光明世界の建設」(昭和10年2月4日発行)
つまり家庭や組織ではなく、先ず個人ですよね。
2025年問題に対し量子力学の視点からも、「私たちは今、人類の意識と地球の磁場が共鳴し始めるという、かつてない転換点を迎えようとしているのかもしれない」との見方をしているようです。
地球の細胞の一人として、目指すは「個人の完成」ですね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/10 (Mon) 12:33:06
話の内容が違うんですが、
私は8日、世界救世教いづのめ教団の月次祭に参拝させていただきました。
『 安心立命』の御書いただきました。 これは感動しました。
Re: Re: 明主様は天照天皇だ - 名無し
2025/02/10 (Mon) 12:28:53
ネット界隈では、2025年に世界が大きく変わるという機運が高まってるようですね。かなり妄想やインチキやヤラセも多いと思いますが。
でも本当に世の中が大きく変わるとして、浄霊が世界規模で大きな役割を果たすって、あるんだろうか?と思っちゃうわけです。救世教ならびに他の団体を見てもね。そういうものだと思って、明主様が救世主(天照皇大神)と仰がれる日が来ると思って信仰してきたわけですけどね。そうなる日を見たいと強く思ってますがね。
Re: 明主様は天照天皇だ - 匿名
2025/02/10 (Mon) 10:36:38
名無しさん
そうですね。
ぜひ世界救世教の教主さんなどにも、そうお伝えしてください。
ただ、人の力ではどうしようもない話だとは思います。
私はこの立春で、大きな飛躍がありました。
他にも、何かしらの変化のあった方もおられるかと。
水面下で、色々あるのだと思いますよ。
Re: 明主様は天照天皇だ - 名無し
2025/02/10 (Mon) 09:44:25
話の腰を折るようで申し訳ないと思いつつ。。。
知的好奇心を満足させるという意味では面白いトピックですが、結局のところ、どんな理論より、誰も否定しようのない大神力を現すことができれば、結論は自ずと出てくるのではないでしょうか。
それができないところが、現在の明主様信仰全体の問題だと思います。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/10 (Mon) 03:29:55
これは以前ナオキ マンでやってたんですが、縄文時代の遺跡からは遺骨に争った後はない、 一部 小競り合いで亡くなった跡はあったが、武器はなかった 。
弥生時代から武器を作った跡が見つかったと言ってました。
大陸の文明国では
、争って武器で損傷した遺骨が多く見つかった、とありました。
日本の
縄文時代は、ほぼなかった、ですから 縄文から弥生時代が、大和の天皇が治めていた頃ですかね。
昼の時代なのでしょうか。
そして弥生時代に素戔嗚尊が大陸から攻めて来たんでしょうね。武器の跡が出てきたと言ってましたから、
縄文時代 弥生時代が、
国常立尊、伊都能売神皇、天照天皇
大和民族の宗家が治められていた時代なのでしよう。
国常立尊の時代が、少し間が空くのでしょうか。
この頃に 今の日本の皇室の先祖と言うべき、神武天皇の先祖、天若彦尊が渡来してます。
この時に国常立尊を封じ込めるわけですね。
今は新しい資料がどん々公開されてます。
Re: 明主様は天照天皇だ - 匿名
2025/02/09 (Sun) 13:16:37
一番さん
そうですね。
私もその御教えをもとにしています。
国常立尊が縄文時代、
伊都能売尊が弥生時代かと思います。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/09 (Sun) 11:52:11
ここはいろいろな捉え方をされておられますから私は主に『日本人種の霊的考察(上)』を引用させていただきました。
抜粋、
『神示によれば こうである。
はじめ 神素戔嗚尊が日本へ渡来した時、最初に上陸した地点が出雲の国であった。
ところが、当時日本の統治験を握っていたのが、伊都能売神皇で、この神皇はよほど 古代からの日本の真の主権者であったらしい。
大和民族の宗家と言ってもよかろう。
ところが大和民族の性格としては、闘争を極端に嫌い平和愛好者なるがため、
素戔嗚尊が武力構想の態度に出たので、無抵抗主義のため、命の危険をおもんばかり、海を渡って某国へ逃げのびたということである。
それで後に残ったのが、お世継ぎである、天照天皇とその皇后であっが、
天皇はある事情によって崩御されたので、皇后はその大権を継承されることになったが、』(後略
)
それと 御教え集31号、2月7日では、
『日本民族は天系なのです。その天系だった頃は、天照天皇という最後の天皇が支配していたのです。
それで、これはいつかも言いましたが 、天照天皇が日本を逃げて、皇后様だけが残って、それが天照大御神とこうなっているのですが、
それよりか前に国常立尊神と言う神様が支配されていたのです。』
確かにあなたがおっしゃる通り、
国常立尊が先である、
国常立尊が支配されていた頃は 世界 的で日本が中心であったということを なのでしょうか、これが始めなのでしょうね。
それから 人間的に近い時代 縄文、弥生になっていくのか、私はまだここは調べ始めたばかりで、
すみません 勉強になりました。
Re: 明主様は天照天皇だ - 匿名
2025/02/08 (Sat) 15:43:45
細かい話で恐縮ですが。
> そこで御教えでは 日本を治めていた天照天皇、その前が国常立尊、その前が、伊都能売天皇、日本の祖と、
伊都能売天皇は、おそらく国常立尊より後ですね。
・伊都能売天皇は、天照大神、素盞嗚尊のご兄弟として書かれている
・国常立尊は裁きが厳しすぎたので、観音、伊都能売となられたとある
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/07 (Fri) 10:03:54
私は、”明主様は天照天皇である”という投稿を見て、裏付け、神様の歴史と言うか、これらの御教えを最近勉強し始め、
書籍、ネットも参考にしているんですが、
そこで御教えでは 日本を治めていた天照天皇、その前が国常立尊、その前が、伊都能売天皇、日本の祖と、
縄文時代から弥生時代とありますね。
はじめに国常立尊が、天若彦尊に封じ込められたとありますから、天孫から侵略が始まった、
そして朝鮮から素戔嗚尊が侵略してきて、長年続いた
平和な時代が終わる。侵略された大和国日本、(霊的には夜の時代に入る。)
中国人と朝鮮人、日本人が混血して子孫を作り、主権の奪い合い、戦国時代に。
今日の日本になる。(その間、天皇に渡来人の血が混じる。)
ですから、御教えに伊勢神宮は明主様が昭和16年に行かれるまで、
天照大神でなく出雲の、素戔嗚尊が鎮座していたとあります。
出雲と天孫の主権の奪い合い。
いつまで、どこまでか、まだ整理できてません。
これらは 書籍にはありません。説がない。
これは誰かがしなければと思っております。
”明主様は天照天皇である”ということを解明したい。
天照大神は女であるとしか世の中には、知らされていません、なぜ本来 主人公である、男神の天照天皇が隠されているのか。
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/02/06 (Thu) 05:44:17
今の日本の皇室について、お書きになっています。
(御教え)
『神武天皇以降種々の計画を進めてきたことによって、おいおい 露骨になってきた。』
*(大陸から渡来した民族が、日本を占領支配して、当時の大和の天皇を殺めて、封じ込めた。それをまた別の民族が渡来して奪い取った。その繰り返しが続いてきた。)
(御教え)
『それが現界的には、藤原氏頃からであったが、すなわち、天孫系(中国)と出雲(朝鮮)系との主権の争奪戦である。』(中略)
『出雲系は徳川家に至るまで約2000余年に及んでも、なお目的を達せられなかったので、それまでの武力を放棄し、ここに180度の転換をした。
それは宗教によることである。すなわち神道としては天理教、大本教、金光教、妙霊教、黒住教であり、仏教としては日蓮宗にその手段を求めたのである。』
*(宗教も日本人(大和民族)を洗脳するという 深い策略があったのでしょうね。
その中で出雲系として大本教が入っていますね。)(一番)
(御教え)
『右のうち最も顕著な成績を上げたものは かの天理教である 同教々祖の書いたお筆先及び、お神楽歌を見れば、右の意図がよく表れている。
*それによると日本の*天皇は****系であるということが主となって、すこぶる露骨に書いてある。
その中に こういうお神楽歌がある。
「高山の真の柱は唐人や、これが第一神の立腹」と書いてある。
言うまでもなく高山の真の唐人とは、もちろん天皇のことで、
天皇は 唐人すなわち ****人であって、神の立腹とは、すなわち 素戔嗚尊であろう。』
*(これは天理教信者はお筆先、お神楽歌として、出雲の我々は、
日本を侵略したいが、今は****の天皇が日本を支配していると毎回歌っているんですね。これは その通りで、今日にまで至っていると明主様はお書になってます。
今の皇族は純粋な大和民族でない。
どこから、いつの日からそうなったか。
日本人は、正月皇居に集まって 「天皇陛下万歳」と 大勢の人が言ってますが、極端な言い方したら、
「中国人万歳!」と言っているのと同じかもしれません。
戦時中、皇室の事は、不敬罪になるから滅多なこと言えないとありますね。今は言えます。)
「日本人種の霊的考察(中)」昭和26年から
Re: 明主様は天照天皇だ - 一番
2025/01/24 (Fri) 17:27:44
(御教え)
『天照大神は女神であるにかかわらず 、天皇のご祖先となっておるばかりか、 蛭(ひる)子命という男児まで 生み給もうたとの史実があるが、
これが本当とすれば、どうしても夫神がなければならない筈である。
しかし 今日まで それに疑いを起こした者もないし、この謎を解こうとする者も勿論なかった。
最も 終戦前までは、そのような批判をするなどは、不敬にあたるかもしれないので、誰も触れるのを恐れた為もあろうが、今日となってはそういう 懸念もなくなったから 私はここに筆をとったのである。』
(日本人種の霊的考察(上)昭和26年)
*****************
「神皇記(じんのう)」天皇の歴史を書いた1921年 発行100年前の本、これには
習わない歴史が書かれてある。教科書で触れられない時代や王朝の歴史が出てくる。
そこで 教科書に書いてある歴史が嘘で、神皇記に書いてある歴史が本当であるかも。
〘消された日本の歴史〙
ここ日本には、知ることのできない隠された歴史があるのかもしれません。
日本の歴史書の中では「古事記」「日本書紀」が有名ですが、これらを記紀とされる書物で、これが日本の正しい歴史書と言われてますが、
しかし日本には公式な歴史書とは異なる書物が別に結構ありまして、日本書記のような
これまでの歴史書とは 大きく異なる文献がいくつかあって、こういうものを「古史古伝」と言います。これらは
内容が公式なものと異なるということで、全て偽書という扱いになっています。偽のものが真実を伝えているという 学者もいます。