
渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/26 (Thu) 00:56:07
渋井文書は以前、掲示板で討論されましたが、私は読んでなかったので、今読んでます。
抜粋、145ページ、
渋井、この本を作られた息子さんですね。 の対談で、
「N氏、
六合大さん(明主様のご子息)はどうしているんですか。
渋井、
六合大さんは陶芸をやっていると聞いています。
N氏、
今教団にはいるんですか?
いえ教団とは関係ございません。 ただ みんな宗家という形で生活に困らないように、何らかの形でお届けできるようには、なっておると聞いています。
あの方は、一番重度の障害なんですよ。 一番軽いのは、三穂麿さんです。
六合大さんは、こちらの話はよく聞くんですけど、向こうの言葉は本当に分かりづらい。
三穂麿さんは、一番軽かったんじゃなかったかな、それはご本人から直接聞きましたね。(後略)
(耳が悪い)
N氏、
斎さん(元三代様)の息子さんは何人?
渋井、
二人です。それで長男は公認会計士です。次男がちょっとヨタってまして、今は詳しいことは知らないんですけど。
A、
今は向こうの警備会社の、専務をやっていると思います。
渋井、
一時、ヤクザの方に入りましてね。僕に言わせると、情報不足なんです。
要するに情報を限ってしまっているために、何にもわからない。」
(明主様のお子様、障害を持たれていたということですね。
お孫様はヤクザに入ったことあると書いてありますね。
向こうの警備会社、これは東方の光ですかね?川合先生、ヤクザが登場するから繋がりか?
これは分かりません。)(一番)
Re: 渋井文書と岡庭日記 - ファイヤー
2026/09/23 (Wed) 13:33:46
参考に上げておきます。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2025/01/07 (Tue) 22:56:02
ヒロロ様
>おひかりのお取り扱いについては 、各教団とも 丁寧にお取り扱いしていると思われます。
私もそう思います。
私は天聖真美会(現岡田茂吉研究所)に入信経験あるんですが、
ここは秀明を手本にしていると思いました。
とにかく厳しかった。浄霊する時は時計を外さなければいけない。
おひかりは秀明より、ちょっと大きい 汗で汚れてもいいように、ビニールカバーがつけてありました。
ご神体にも虫が入らないように、ご神床に網がかけてありましたね。今は知りませんが、
ここは 秀明と似ているようで似ていない。
秀明は汗かいて少しでも汚れたら、ご神前横で自分でお取り返えします。
髪の毛が入っていたら、お気づけとしてお詫びします。
普段は ビニルカバーはつけません、 特別な人は別ですが、
やっぱり 教団の信仰程度で、お取り扱いの差はあると思いますね。
明主様 ご在世当時は髪の毛が入っているからと、お詫びはないですね。
ここを後でネットで批判する人がいましたが、
これは 小山先生の信仰なんでしょうね。
不思議と、おひかりに外から髪の毛が入っているのが見えるんですね。
そこでお詫びして、想念を変えたら、髪の毛が消えていたというのがありました。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - HIRORO URL
2025/01/05 (Sun) 18:24:23
>通行人さま
「車輪梅」「窓の月」「花咲」「神々の系譜」の4冊ということですね、失礼しました^^;
ちょっと方法を考えますので、お手数ですが弊ブログのお問い合わせフォームからご連絡いただけますでしょうか。
>一番さま
閲覧いただきありがとうございます。
お光の取り扱いにつきましては現在は異なっていまして、各教団とも丁寧に扱っていると思われます。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2025/01/04 (Sat) 23:57:58
なるほど車輪梅と窓の月ですか、
読みたいな。
それで、岡田茂吉大学の中で、「石坂氏の恩師の平本直子氏は、明主様と先達の人々にも登場しますが 平本氏は元々、神奈川県で治療していましたが 、岡田茂吉の指示で昭和17年(1942)から、山口県萩市で布教活動を行った。
他に気になったのは 石坂氏のコメントでした。
ご神体として明主様が最終的に定めになられたのは『大光明如来』であります。
しかるに、ご昇天幾ばくもなく、後継者の手によって「大光明真神」と書き変えられたのは、
宗教団体として、痛恨の極みと申すべきでありましょう。
お守りもペンダントになってしまいました。」
(これは 神慈秀明会が言っていることと同じですね。ヒロロさんは、東方の光ですか、
普段、絹袋はお取り扱いが大変だから日常生活に便利なように、ペンダントにしたと、
人間の都合に合わせたんですね。
考案したのが当時の総長、川合氏、右翼団体のМ氏だと、岡田茂吉研究の高天原誠さんが書いてましたね。
私は MOA の信者さんを知ってますが お取り扱いが雑になってましたね。
押入れの中におひかりをかける釘がありましたね。扉を閉めたら布団と一緒だから品物になるんですね。
また外で外す時は、畳んだ服の上に置いてましたね。
神慈秀明会は絶対にありえません。
即、お詫びですね。
御神体と同じで厳格です。外出の際は小さな三宝を持って行ってます。また緊急時は、ドアに綺麗にティッシュか何かで拭き取って、浄霊でお浄めしてお掛けするか、
上に何もないところの釘を、同じようにします。
おひかりのお取り扱いで、お光の強さが変わると御教えがあります。
神慈秀明会は絹紐、絹袋ですね。信者さんがご奉仕で昔は作ってましたが、今は知りません。大きさは小型になってます。)
追伸、
(天聖真美会、今の岡田茂吉研究所、袋のお光から、ペンダントに変えたと 聞いてますが、基盤がしっかりしてないから救世教に合わせたんですね。
誰がペンダントにしたかということで。
具体的に高天原さんは書いてました。右翼団体の明主様信仰がない人物が考案し、それに川合先生が同意したと書いてましたね。)
Re: Re: 渋井文書と岡庭日記 - 通行人
2025/01/04 (Sat) 16:29:17
HIRORO様
石坂先生のご本の情報ありがとうございます!
ぜひ読みたいのですが、何とか方法はないでしょうか??
私が持っているのは、「車輪梅」「窓の月」の他に「花咲」と「神々の系譜」というタイトルだったと思います。本棚のどこかにしまってありますw
Re: 渋井文書と岡庭日記 - HIRORO URL
2025/01/04 (Sat) 09:03:43
たいへんご無沙汰しております。
私の名前がありましたので久しぶりに投稿させていただきます。
石坂隆明先生の2冊の本の解説は以下の通りです。
『信解』
https://okadamokichi-daigaku.com/%e7%9f%b3%e5%9d%82%e9%9a%86%e6%98%8e%e3%80%8e%e4%bf%a1%e8%a7%a3%e3%80%8f%e5%b2%a1%e7%94%b0%e8%8c%82%e5%90%89%e6%96%87%e5%ba%ab
『夜昼転換八十周年記念 明主様信仰』
https://okadamokichi-daigaku.com/%e7%9f%b3%e5%9d%82%e9%9a%86%e6%98%8e%e3%80%8e%e5%a4%9c%e6%98%bc%e8%bb%a2%e6%8f%9b%e5%85%ab%e5%8d%81%e5%91%a8%e5%b9%b4%e8%a8%98%e5%bf%b5-%e6%98%8e%e4%b8%bb%e6%a7%98%e4%bf%a1%e4%bb%b0%e3%80%8f
>通行人さま
残り2冊の著書とは『車輪梅』と『世界救世教裏面史・窓の月』でしょうか?
(石坂隆明先生の本は非常に情報が少ないのですが今回紹介しました本の中に一部記載がありました)
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/30 (Mon) 01:39:19
了解しました。ありがとうございました。
Re: Re: 渋井文書と岡庭日記 - 通行人
2024/12/29 (Sun) 13:20:20
一番さん
残念ながら関東よりもっと遠いので、ちょっと難しいでしょうね。
石坂先生の本は確か4冊持っていますが、最晩年に書かれた本があと2冊あるようで(岡田茂吉大学さんのサイトに書いてありました)、そちらも是非読みたいと思ってみろく神教さんにお手紙を書いたのですが、お返事はいただけませんでした。
なんとかあちらと連絡がついたら教えてください。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/29 (Sun) 11:54:14
通行人さん あなたはどちらにお住まいですか、 関東方面ですか、 石坂先生の本を借りに尋ねていきたいという気持ちはあるんですが、
時期を見て、私は九州だから、 関東 だったらちょっと距離はありますが、
気分転換に。
以前 みろく神教に電話したことあるんですが、なかなか通じなくて、やめてしまいました。あなたにも色々伺いたいこともある。
ま 時期を見て。 難しいなら、再度みろく神教にチャレンジします。
Re: Re: 渋井文書と岡庭日記 - 通行人
2024/12/29 (Sun) 11:33:54
一番さん
私はいづのめ所属です。なので川合さんは諸悪の根源という認識できました。渋井文書、岡庭日記、その他いろいろ読みました。以前知っていた方(故人)は、救世教が明主様時代のように発展せず争ってばかりいるのはなぜかと問い、解明するためには隠されてきた歴史を知ることだと言っていろいろ調べ、私にも資料をたくさんくれました。救世教黒歴史を語るなら、みろく神教の石坂先生のご著書もお読みになったらいいですよ。入手困難でしょうが。
でもその方も、黒歴史を調べただけで、ゴシップの種は山ほど持っていましたが、布教に活かすでもなく、あまり人望がないまま亡くなってしまいました。
大きな器には大きな影がさす、とどこかにありましたが、結局専従者や幹部の先生たち、二代様も皆んな神様に使われたのでしょうから、ああだこうだ詮索しても不毛だなと思いました。実際人救いに活かせない知識では意味がないということではないかと。私もゴシップは好きですけどね。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/29 (Sun) 11:03:21
確かに 善悪は決められない。
これを結論ですね。
そこに至るまでは善悪で分けて戦う。
これも必要だろうと思うんですね。
過程を理解して、
そして結論が出す。
そこに学びがあると思うんです。
から初めに結論を出したら、 人間としては自分の中の本守護神があるから、理解できるんですが、
やっぱり現実、生きてる肉体としては理解できてないと思うんです。難しいですね、
霊、体ともに理解する。と思うんですね。二代様 川合さんも確かに、
批判することはできない。 これはそうだと思います。
これによって、世界救世教が変わったということ、これは過程として認識しておくべきだと思います。
ちなみに 通行人さんは東方の光の方ですか?
教団によって、また捉え方が違うんですね。
Re: Re: 渋井文書と岡庭日記 - 通行人
2024/12/29 (Sun) 08:39:13
一番さん
一つの視点からだけ見たらどうしてもそうなってしまいますね。
渋井先生の息子さんにとっての真実を書かれたのでしょう。わざわざでっち上げを書かれたはずもないと思います。息子さんの主観という一つの視点から見ると、木原氏も渡辺氏も川合氏も、相当な悪人ですね。
でもきっと健康協会の方々にとっては、真実の木原先生というのはまた違った存在としてあることでしょう。十人いれば十通りの解釈があり得る。
ということは同じことが川合氏や二代様にも言えるはずで。まさに、人間には善悪はわからないというお言葉の通りですね。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/29 (Sun) 07:06:36
渋井文書を見て、新健康協会の人間として また見たら見え方が違うんですね。
世界メシヤ教は新健康協会の創立者木原義彦が、天国会中島帰幽後、教団トップになった。権力を握った。
しかし、奥様が二代教主に推戴されたから、自分が教主になれなかったから離脱をしたと書いてあるんですね。
これだけ見たら、なんと腹黒い人間かと見えてきますね。
著者は、この視点からしか見れてない。
木原義彦、川合一派が渋井総斎を貶(おとし)めたと書いてある。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/27 (Fri) 12:00:22
(御教え)
『世界全部の光と言うと、私に憑いているメシヤの神様です。
これは世界全部になる。それで世界救世(メシヤ)教 というのです。』
(御垂示録 12号、昭和22年8月25日)
そして
『なぜ救世(メシヤ)教となったか』
前略、
『世界救世(きゆうせい)教では漢字である以上、東洋的で面白くない。』(偏ってしまう)
(経(たて))(精神的)
そこでメシヤのふりがなをつけたので、
(緯)(よこ))(物質的)
(メシヤは西洋の言葉で、緯の働きを言う。)
『これによって 東洋も西洋を合わせて(救う)世界的( 伊都能売(いづのめ)というわけである。』
(地上天国 14号 昭和25年3月20日)
(*()の注釈は一番が書く)
このメシヤ教という名称は、とても重要な意味があるんですね。
意味があってお付けになられた。
経と緯が結ばれて、伊都能売になって、天国が完成する。
それがこの名称の中にある。
これをそうさせまいと邪神が働いた。
これが『メシヤ』を引っ込めて、『きゆうせい』にした。
メシヤを隠したんですね。
今日の混乱につながる。
みんな 二代様に騙されたんですね。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/27 (Fri) 10:36:36
通りすがり さんの、
>この本を読んだら明主様信仰をしたくなくなる。
私は神慈秀明会信者として、まだ新健康協会の会員として、
外の立場から読んでみると、
また違う 見え方がしてきます。
渋井総斎の息子さんが言っている、これは世界救世教いづのめの、古い先生も、おっしゃってましたが、この本は少し 偏っていると。
それで、今日までの世界救世教の混乱はどこに原因があるのか、
二大高弟、中島一斎(東方の光)箱根、渋井総斎(いづのめ)熱海、
この東方の光(天国会)を、渋井先生の息子嘉丸さんは、批判しているわけですね。
世界救世教は熱海と箱根が分断状態、
これは長年 和合 結束と言ってきましたが できない なぜか、
この嘉丸さんが書いているところに原因がありますね。
今でも御神体が両教団違います。
1つは明主様ご神筆『大光明、1つは 二代様が書いた「大光明真神」。
教主派と非教主派で分かれます。
表面上は 交流していると言ってました。
でも絶対に結べないでしょうね。
これが世界救世教ですね。
この両者では天国にならない。
世界救世教、これをメシヤ教と呼ぶ、
これを「きゆうせい」に、二代様は変えましたね。
熱海の神殿、メシヤ会館も、”きゆうせい”と呼んでます。二代様が変えたんですね。
嘉丸さんは中島一斎、 天国会 一派が悪の権現 と書いてますが、
二代教主のことは全く書いてませんね。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/26 (Thu) 09:18:11
確かに 通行人さんのおっしゃる通り。
でも昼の世界だから、全部表に出す時代だと思うし、それを見てまた 学ぶ 時かもしれません。
新しい人が今見ていると思うから、
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 一番
2024/12/26 (Thu) 09:15:47
また(明主様)娘様のお一人は真如苑の信者と書いてあったように思います。
これは、新健康協会も同じで 木原先生の息子さんは行方不明、
明主様 御在世時は筆記の御用もされたと聞いてました。
タクシー運転手になっていたと聞いたことありますね。
お孫さんは神慈秀明会の信者で、ほぼ引きこもり 状態ですね。
あと一人の娘さんは真光教 信者だった と聞いてますが 今は分かりません。不思議ですね ご自分のおじいさんがされたところの信者じゃないというのが。
Re: 渋井文書と岡庭日記 - 通行人
2024/12/26 (Thu) 02:36:57
この2冊を取り上げるとなると、さぞかしたくさん投稿されることになるでしょうね。書きたくなる気持ちは想像できます。
でもふと思いましたが、このサイトに触れる一般の人たちは、内容を目にして「自分も明主様信仰したい」とは絶対思わないでしょうね。