御尊影とおひかり - 一番 URL
2024/06/07 (Fri) 10:25:09
これは 平成11年(1999)発行「健富和協会」機関誌、多賀会長のお話から
抜粋
「《メシヤ降誕仮祝典、明主様を救世主として》
それから「メシヤ降誕仮祝典」が昭和29年6月15日に行われたのですが、
明主様を生神様(救世主)として初めて ご礼拝申し上げた 記念すべき日なのです。
この時 木原理事長が挨拶され、祝詞を奏上されたのです。
明主様が本当に神様になられた証と言いますか、神様が男であるとか女であるとか、夫であるとか妻であるとかいう事の差別はない筈です。
ですから、その時に夫婦(めおと)茶碗 だとか、夫婦座布団とかいうものは一切 廃止されました。
要するに 体的な面で、明主様は勿論人間として身体を持ってお出ましになったものですから、 奥さんをおもらいになって、お子達もできた訳ですけれど、
本当の神様、主神の奥様なんて聞いた事がない訳ですから、
その表現神として出られたという事は、そういう事だろうと今でも考えます。
そして当然 お子達の中で後を継げるという方は誰もおられません。
体の不自由な方とか、耳が聞こえないとか言う方だったという事も事実です。
その時に私 木原先生にお伺いした事があるんですよ。
「どうして明主様は浄霊して お治しにならないんだろうか」と、
お子達ですよ、浄霊すれば治るじゃないですか、次々どんどん治っているのに、どうしてそういうお子達がお生まれになるのか、私もしばらく考えたのです。
お伺いした時、木原先生は「奥様がちゃんとされたら治るんだけどな」一言だけおっしゃいました。
そういう経緯があった事も 記憶しております。
その時初めて* 明主様のお写真をご神体として お祭り申し上げる事に、明主様からお言葉があったのです。
それまで絵姿をお掛しておりました のをおしまい申し上げて、
明主様の『お写真』を床の間にお掛けして 、そして お御簾(みす)を垂れて電気をつけるなというお言葉もあったのです。
次のご参拝が6月の25、26、27と3日間あったんですが、その3日間はお御簾を垂れて、電気をつけないで祝詞を奏上したというような事がありました。
電気をつけずに、そうされたという事が何故か、その時は分からなかったのです 。
今になって考えれば成程、明主様ご昇天になる為のいわゆる想念の世界ですよ。
それからは体的なものは元の御座にお帰りになるというか、
主神と一体になられるというか、そういう形になる理由ですが、そういう事があったのです。」
(この先生が当時 、御尊影の担当されていて、 しま写真館に、明主様を御尊影としてお撮りになられた
ネガを取りに行ったら、断られたので、一悶着あったと専従者から聞きました。)
追伸、
確か 元四代教主のお父上、三穗麿様は、耳が悪かったと聞いてますが。
Re: 御尊影とおひかり - 一番
2025/08/27 (Wed) 10:50:04
以前 全身の御尊影の原板を写した写真を見たことありますが、サイズはA4とのことでしたので、
確かに衝撃を受けましたが、
Re: 御尊影とおひかり - 一番
2024/07/21 (Sun) 15:58:41
これは2年前 世界救世教 いづのめ教団 杉原理事長がお話しされた 一部から再度投稿、
「抜粋、
この度、明主様より『原爆の御守護の体験を報告せよ』というお話があり、原爆の体験を書かれた本があり、それは広島の当時責任者、今で言う支部長で、あの8月6日に広島市内からちょっと外れた所にある、鉄道局長の家に御浄霊に行かれ、そして家を尋ねた。
本当は、
皆出かける予定だったそうです。
ところが三好さんが来て下さって、御浄霊が頂けるのなら、出かけるのをやめようと、未信者ですが、 家族全員で御浄霊を頂こうと、
そして、ご主人に御浄霊をしていた処、外ですごい光がピカッとした。その後、真っ暗になった。
何が起きたんだろうと、しばらく分からなかった。
そこで 恐る恐る 4人で外に出たら、
そこの家以外は全部倒れていた。
しかし
4人とも何ともないんです。
で周りを見ると、苦しんでいる人、亡くなっている方、そういう方がいっぱいいて介抱して 看病して、御浄霊を取り次いで、
自分の家がどうなっているか不安だったので家に帰ろうと、
町の方へ歩いて行くんですが、阿鼻叫喚の状態で、何人御浄霊を取り次いで、助けに行ったか分らないくらいで、
結局、家に帰れなくて、そこで近くの妹の家に、妹はメシヤ教の信者で、夫婦も、妹の周りの信者も、
何ともないんです、
”おひかりを掛けている人は、何ともないんです。
それを見て驚いて、
明主様の"おひかり"はすごいと
今元気な我々が、この苦しんでいる人々を救わなければいけないと、徹底して御浄霊をして歩いたそうです。」
(これが レイキ、気功と の違いじゃないでしょうか御霊の威力。
”おひかり"ない未信者でも、御浄霊頂だいているお光で救われた。)
Re: 御尊影とおひかり - 一番
2024/06/24 (Mon) 10:15:17
これは 2016年頃のネットと思います、
神慈秀明会飛天リーダー 明主様&岡田茂吉様(神慈秀明会の本質について 飛天に即して検討します)から
《メシヤ様ご神体 》(御神影とは何か?)
「明主様は御尊影に対しても 御入霊されてましたが、 御尊影の変造に伴い変造前の本物の 御尊影が、全て回収 焼却された為、 明主様御自ら御入霊された御尊影が、この世から全て消えてしまいました。
ただし 例外的に、明主様御自ら御入霊された御尊影で、今現在も残っているものは、メシヤ様の御神名の剥奪と同時に、
撤去されていた『メシヤ様御神体』のみです。
この『メシヤ様御神体』とは、昭和29年6月15日の「メシヤ降誕仮祝典」に合わせて、教会のみにご下付されていた御尊影の事を言います。
写真自体は通常の御尊影と同じものですが、メシヤの御神格に登りつめられた明主様が、特に御入霊されたものです。
一般的には『メシヤ様御神影』とも言うようです。
ニ代教主と藤枝真和氏の陰謀により撤去されたメシヤ様御神体ではありますが、
この時不幸中の幸いとも言うべきなのか、撤去されたものの、当時の本部は回収せず、各教会に保管されていたものです。
結果的にこういった時期を見誤った邪神側の積極的な攻撃が原因となり、 二代教主、藤枝真和氏の魔の手から、メシヤ様御神体は守られる事になりました。
御奉斎はされていませんが。
ただし 床の間の外に御奉斎されていますが、(これは 「みろく真教」でしょうか)(一番)
現在の世界救世教東方の光、箱根 MOA では御奉斎、変造前の明主様御尊影のオリジナルが箱根本山、拠点、信者宅に復活しています。
(これは元専従さんが書いた川合氏(東方の光)所有、修正前のネガから、とったんでしょうか)(一番)」
(新健康協会は明主様教団で唯一御奉斎されていると思いますが。)
(一番)
Re: 御尊影とおひかり - 一番
2024/06/18 (Tue) 21:14:43
そんな事あったんですね、
分かりやすい。
確かに周りを綺麗にして、墨を消したらダメですよね。
ですから 御尊影は無修正のネガから頂く、
そしてまたは 明主様が入霊をされた拇印のある 御神影から頂だく、
これが理想ですね。
みろく真教は知りませんが、新健康協会は公表してませんが、
拇印があると想像しますね。
教友と6月15日 一緒に新健康協会 明主殿、御神影の参拝をお許し頂いたんですが、 式典後
美術館で 明主様の残されたお写真と遺品が展示され、その中に昭和9年、木原先生が頂だかれた、一厘銭がありました。
今日はこれを見に来たと感激、
そして帰りに、また教友の御神影をもう一度拝したいと、明主殿まで走って行きました。
そして世界救世教いづのめ教団、故、永峰先生がおっしゃってた、木原氏は明主様が50万年前の神がかりで書かれたものを 焼却する時に、
一部を持ち帰ったと、協会にあるとおっしゃってましたね。
これは 専従者、先生にお聞きしても知らないとおっしゃってましたが、
本当なら何時の日か展示されるかもしれません。
Re: 御尊影とおひかり - 匿名
2024/06/18 (Tue) 20:18:57
一番さん
手を加えてはいけないっていうのは、よくわかります。
以前、ご書体を業者に出して綺麗にしてもらったっていうのを拝見したことがあります。
見た目は綺麗なのですが、明らかにその横に並んでいた、薄汚れたご書体の方が光が感じれました。
というよりむしろ、綺麗になったご書体は、ほとんど光を感じませんでした。
これは、危険ですよ。
Re: 御尊影とおひかり - 一番
2024/06/18 (Tue) 17:08:11
これは(2018年5月9日、水曜日20時15分 投稿、元専従さん)から
「メシヤ様 御尊影という名称については承知しておりません。現在 各教団から下付されている御尊影は、教団 一元化前、川合氏所有だったもので、
離脱教団 各派も、その御尊影を元に 複製下付されております。
みろく真教では同じ御尊影でも、
*裏に明主様の拇印の入ったものから 複製を作って、下付されていると伺っています。
オリジナルのガラス原本ですが、現在も東方の光教団にて、保管されております。
撮影された経緯のお話を質問されておりますが、私がお話を伺った 先達のご子息達が、まだ教団で専従をされておりますので、
個人名の公開は避けさせて頂きたいと思います。
ある「みろく会」系の先達としか申し上げられません。
何人かの先達にお話を伺ったのですが、
晴明教、新健康協会の木原氏が*“おひかりなしの浄霊"の根拠にしている阿部執事の発言は、阿部執事以外誰も聞いた事がないそうです。」
「前略、
メシヤ様御尊影ではなく、メシヤ様 御神影の名称は承知しておりませんの間違いです。
明主様の拇印の入った 御尊影ですが、GHQ の指摘と、当時の文部省の業務改善命令で、戦後の天皇崇拝を連想させる個人崇拝を禁止するという指導だったと伺いました。
裏に拇印の入った御尊影は 教団に回収されましたが、
「みろく真教」の石坂先生や
*何人かの 中教会長達は明主様から 返納するようにと言われなかったそうです。
これは地方の信者様から伺った話なのですが、
当時の中京会長のご遺族が亡くなった後、回収した明主様の御尊影の裏に拇印が、入っているものを何枚か、自宅で保管されているとの事でした。」
「嶋写真館で明主様が撮影された時に、
『私の写真は髪の毛一本、 袴の裾、足袋先まで切れてはならない』と、おっしゃったと、先達の先生から伺っています。
ガラス原本から印刷されたご尊影は、限られた先達に下付されたのかもしれませんが、 誰に下付為されたのかは不明です。」(元専従)
(まず、
>“ おひかりなし浄霊"は阿部執事以外、誰も聞いた事がないそうです。
これは私が20数年前、
“おひかり なし" を健康協会の奉仕者に聞いたので、 北九州の世界救世教 いづのめ教団、専従者に電話で確認しました。
彼は話は聞いた事あると、言っていました。
元専従さん、先達は知らないと書いてますが、
だから知っている人も、いたんでしょうね。
>メシヤ様御神影は承知しておりません。
これは 松本総長の頃、メシヤ様といづのめ教団はお呼びしてましたね。
あの頃、『お写真がご神体になる』とある御教え、木原先生が書かれた本、永峰先生にお見せして、
その後、私が御尊影と言うと先生は、これは「御尊影」ではない。
『メシヤ様御神影』だとおっしゃいました。
こういう呼び方があるのか、 確かにそうだと思いました。
拇印された御尊影は、メシヤ降誕仮祝典の頃、御神体になる為、明主様が入霊された特別な御写真だと聞いてます。
それが2ヶ月後、元の明主に戻されたので回収された。
>また嶋写真館で 明主様が撮影された。
(ではなく、写真屋が明主様の元に 写真を撮りに行ったと、私は聞いてます。
初め明主様は他の写真館で撮られた。しかしお気に召されなかった。
今回は 写真屋が、明主様の元に写真を撮りに来た。
明主様が写真屋に行かれるは、体主霊従、
写真屋が撮りに来て、霊主体従になる。
お言葉はありませんが、そうだったのだろうと言われてます。
御尊影、手を加えてはいけないと、あります、
回収された御写真は疥癬のあとを、二代様によって修正されたとある。
これを複製したものが、離脱教団に御尊影として下付と書いてますね、
元専従さんは。
新しい人に見て欲しいので、また 書きました。)(一番)